管子 / 侈靡
問曰:「興時化若何?」「莫善於侈靡。賤有實,敬無用,則人可刑也。故賤粟米而如敬珠玉,好禮樂而如賤事業,本之始也。珠者,陰之陽也,故勝火。玉者,隂之陰也,故勝水。其化如神。故天子臧珠玉,諸侯臧金石,大夫畜狗馬,百姓臧布帛。不然,則强者能守之,智者能牧之,賤所貴而貴所賤。不然,鰥寡獨老不與得焉,均之始也。」
新字:問曰:「興時化若何?」「莫善於侈靡。賤有実,敬無用,則人可刑也。故賤粟米而如敬珠玉,好礼楽而如賤事業,本之始也。珠者,陰之陽也,故勝火。玉者,陰之陰也,故勝水。其化如神。故天子臧珠玉,諸侯臧金石,大夫畜狗馬,百姓臧布帛。不然,則强者能守之,智者能牧之,賤所貴而貴所賤。不然,鰥寡独老不与得焉,均之始也。」
書き下し
問いて曰く、「時を興し化するは若何」と。「侈靡より善きは莫し。實有るを賤しみ、用無きを敬えば、則ち人刑す可きなり。故に粟米を賤しみて珠玉を敬うが如くし、禮樂を好みて事業を賤しむが如くするは、本の始めなり。珠なる者は、陰の陽なり、故に火に勝つ。玉なる者は、隂の陰なり、故に水に勝つ。其の化すること神の如し。故に天子は珠玉を臧め、諸侯は金石を臧め、大夫は狗馬を畜い、百姓は布帛を臧む。然らずんば、則ち强き者能く之を守り、智なる者能く之を牧し、貴ぶ所を賤しみて賤しむ所を貴ぶ。然らずんば、鰥寡獨老與に得ず、均しきの始めなり」と。
現代語訳
問うて言った。時を盛んにして世を変えるにはどうするか。答えた。侈靡にまさるものはない。実のあるものを軽く見て、用のないものを敬えば、人は形をとらせられる。だから粟や米を軽んじて珠や玉を敬うようにし、礼と楽を好んで事業を軽んじるようにする。これが本のはじまりである。珠は陰のなかの陽である。だから火に勝つ。玉は陰のなかの陰である。だから水に勝つ。その移り変わりは神のようである。だから天子は珠玉を蔵し、諸侯は金石を蔵し、大夫は犬馬を飼い、民は布帛を蔵する。そうでなければ、強い者がそれを守り、智ある者がそれを牧し、貴ぶべきものを賤しみ、賤しむべきものを貴ぶことになる。そうでなければ、やもめも身寄りのない老人も分け前にあずかれない。等しくすることのはじまりである。
解説
この章句が説くこと
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『管子』侈靡「請う問う、諸侯の化して弊弊たる者は、家なり。家なる者は、人の重んずる所に因りて之を行うを以てす。吾が君長く來たりて獵すれば、君長虎豹の皮用いらる。功力の君には、金玉の幣を上る。戰を好む君には、甲兵を上る。甲兵の本は、必ず田宅に先んず。今吾が君戰わば、則ち請う民の重んずる所を行え。飲食なる者、侈樂なる者は、民の願う所なり。其の欲する所を足し、其の願う所を贍せば、則ち能く之を用うるのみ。今皮を衣て角を冠し、野草を食い、野水を飲ましめば、孰か能く之を用いん。心を傷る者は以て功を致す可からず。故に至味を嘗めて至樂を罷め、而して卵を雕りて然る後に之を瀹で、橑を雕りて然る後に之を㸑ぐ。丹沙の穴塞がらざれば、則ち商賈處らず。富める者は之を靡やし、貧しき者は之を為す。此れ百姓の生を怠るや、百たび振るいて食う、獨り自ら為すに非ざるなり、之が為に化用を畜うるなり。
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『管子』侈靡「能く故を摩して新を道び、道國家を定め、然る後に時を化するか」と。「國貧しくして鄙富めば、苴朝に美なり、國を市す。國富みて鄙貧しければ、盡く市に如くは莫し。市なる者は、勸なり、勸なる者は起こす所以なり。本善くして末事起こる、侈らざれば、本事立つを得ず。賢を選び能を舉ぐるを得可からずんば、惡んぞ服せざるを伐ちて用うるを得んや。百夫に長無ければ、臨む可からざるなり。千乘に道有れば、脩む可からざるなり。夫れ紂上に在らば、惡んぞ伐ちて得ざらんや。鈞しければ則ち戰い、守れば則ち攻む。百葢に築く無く、千聚に社無き、之を陋と謂う、一舉して取る。天下に一有るは、事の時なり。萬諸侯鈞しければ、萬民に聽く無し。上位功を為して制を更むる能わずんば、其れ能く王たらんや。故に縁りて法を脩め、政を以て道を治むれば、則ち約して子を殺す、吾が君故に夷吾を取りて替と謂う」と。
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『管子』侈靡人死すれば則ち云い易く、生くれば則ち合い難きなり。故に一たびすれば賞と為り、再びすれば常と為り、三たびすれば固然と為る。其れ小しく之を行えば則ち俗なり、之を久しくすれば則ち禮義なり。故に下をして上に當たらしむる無く必ず之を行い、然る後に商人を國に移す、人を用うるに非ざるなり。鄉を擇ばずして處り、君を擇ばずして使い、出づれば則ち利に從い、入れば則ち守らず。國の山林や、則ちて之を利す。市塵の及ぶ所、二たび其の本に依る。故に上侈にして下靡やし、而して君臣相上下す。相親しめば、則ち君臣の財私かに藏せず。然らば則ち貪動き、枳して食を得ん。邑を徙し市を移すも、亦た數の一と為す。
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『管子』侈靡「强と短とを齊しく立つるは、國の若何」と。「高く之に名を予えて之を舉げ、重く之に官を予えて之を危うくし、因りて其の能を責めて以て之に隨う。猶お傶ければ則ち之を疎んじ、人をして之を圖らしむる毋かれ。猶お疎ければ則ち之を數え、人をして之を曲げしむる毋かれ。此れ之を為す所以なり」と。「大いに臣有りて甚だ大なれば、將に反りて害を為さんとす。吾患いを優にし害を除き、將に小にして能く大を察せんとするは、之を為すこと奈何」と。「之を潭根して、伐る毋かれ。之を固く事として、入る毋かれ。之を深くして、涸らす毋かれ。之を儀とせずして、助くる毋かれ。之を章明にして、滅する毋かれ。之を生榮せしめて、失う毋かれ。十言なる者も此の一に勝らず、凶なりと雖も必ず吉なり。故に平らかにして以て滿つ」と。「事無くして總べ、以て事有るを待ちて之を為すは、若何」と。「積む者は餘日を立てて侈り、車馬を美にして馳せ、酒醴を多くして靡やし、千歳食を出だす毋き、此れを本事と謂う」と。
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『管子』侈靡「貧と富とを用うるは、何如にして可ならん」と。曰く、「甚だ富めば使う可からず、甚だ貧しければ恥を知らず。水平らかにして流れず、源無ければ則ち遫やかに竭く。雲平らかにして雨甚だしからず、委雲無ければ、雨則ち遫やかに已む。政平らかにして威無ければ則ち行われず、愛して親しむ無ければ則ち流る。左に親しみて用有り、用無ければ則ち之を辟く。若し相為さば、怨を兆す有り。上短く下長く、度無くして用うれば、則ち本を危うくす。稱わずして祀り、譚りて祖を次でば、詛を犯し盟を渝えて言を傷る。祖禰を敬うは、始めを尊ぶなり。齊約の信は、行を論ずるなり。天地の理を尊ぶは、威を論ずる所以なり。薄德の君の府囊なり、必ず形を成すに因りて人に論ず、此れ政の行わるるなり、以て王たる可けんや」と。
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『管子』侈靡問いて曰く、「古の時と今の時と同じきか」と。曰く、「同じ」と。「其の人は同じきか、同じからざるか」と。曰く、「同じからず。與に其の誅を政す可し。俈・堯の時、混吾の美下に在り、其の道獨り人を出だすに非ざるなり。山童ならずして用贍り、澤弊れずして養足る。耕して以て自ら養い、其の餘を以て良天子に應ず、故に平らかなり。牛馬の牧相及ばず、人民の俗相知らず、百里を出でずして來たり足る。故に卿にして理めざるは、静かなればなり。其の獄は一踦の腓、一踦の屨にして死に當たる。今周公は指を斷つこと稽に滿ち、首を斷つこと稽に滿ち、足を斷つこと稽に滿つるも、死民服せざるは、人性に非ざるなり、敝るればなり。地重く人載せ、毁敝して養足らず、末作を事として民之を興す、是を以て名を下にして實を上にするなり。聖人なる者は、諸を本に省きて諸を樂に游ぶ。大昬なり、博夜なり」と。