管子 / 小稱
桓公、管仲、鮑叔牙、甯戚四人飲。飲酣,桓公謂鮑叔牙曰:「闔不起為寡人壽乎?」鮑叔牙奉杯而起,曰:「使公毋㤀出如莒時也,使管子毋㤀束縛在魯也,使甯戚毋㤀飯牛車下也。」桓公辟席再拜,曰:「寡人與二大夫能無㤀夫子之言,則國之社稷必不危矣。」
新字:桓公、管仲、鮑叔牙、甯戚四人飲。飲酣,桓公謂鮑叔牙曰:「闔不起為寡人寿乎?」鮑叔牙奉杯而起,曰:「使公毋㤀出如莒時也,使管子毋㤀束縛在魯也,使甯戚毋㤀飯牛車下也。」桓公辟席再拝,曰:「寡人与二大夫能無㤀夫子之言,則国之社稷必不危矣。」
書き下し
桓公・管仲・鮑叔牙・甯戚の四人飲む。飲むこと酣なるとき、桓公鮑叔牙に謂いて曰く、「闔ぞ起ちて寡人の為に壽せざるか」と。鮑叔牙杯を奉じて起ち、曰く、「公をして莒に出でし時を㤀るる毋からしめ、管子をして束縛せられて魯に在りしを㤀るる毋からしめ、甯戚をして牛に飯して車下にありしを㤀るる毋からしめよ」と。桓公席を辟けて再拜して曰く、「寡人と二大夫と能く夫子の言を㤀るる無くんば、則ち國の社稷必ず危うからざらん」と。
現代語訳
桓公、管仲、鮑叔牙、甯戚の四人が酒を飲んだ。酒が進んだとき、桓公が鮑叔牙に言った。立って私のために寿ぎの言葉をくれないか。鮑叔牙は杯を捧げて立ち、言った。公には莒へ亡命したときを忘れさせず、管子には縛られて魯にいたときを忘れさせず、甯戚には牛に飼葉をやって車の下にいたときを忘れさせてください。桓公は席を外して二度拝み、言った。私と二人の大夫が先生の言葉を忘れずにいれば、国の社稷は必ず危うくならないだろう。
解説
祝いの言葉を求められた鮑叔牙が、三人それぞれのいちばん低かったときを持ち出します。公は亡命していた日、管仲は縛られていた日、甯戚は牛の世話をして車の下にいた日。祝い酒の席でこれを言えるのが鮑叔牙でした。桓公は席を外して二度拝み、忘れずにいれば国は危うくならない、と受けます。
この章句が説くこと
闔ぞ起ちて寡人の為に寿せざるか公をして莒に出でし時を㤀るる毋からしめよ管子をして束縛せられて魯に在りしを㤀るる毋からしめよ寡人と二大夫と能く夫子の言を㤀るる無くんば則ち国の社稷必ず危うからざらん祝い原点
関連する章句
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『新序』雜事第四桓公管仲・鮑叔・寗戚と飲酒す。桓公鮑叔に謂う、姑く寡人の爲に祝せんか、と。鮑叔酒を奉じて起ちて曰く、祝わくは吾が君其の出でて莒に在りしを忘るる無かれ。管仲をして其の束縛せられて魯に從いしを忘るる無からしめ、寗子をして其の牛に車下に飯せしを忘るる無からしめよ、と。桓公席を避け再拜して曰く、寡人と二大夫と、皆な夫子の言を忘るる無くんば、齊の社稷、必ず廢れざらん、と。此れ常に困隘の時を思わば、必ず驕らざるを言うなり。
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呂氏春秋・直諫②齊の桓公、管仲、鮑叔、甯戚、相與に酒を飲んで酣なり。桓公、鮑叔に謂いて曰く、「何ぞ起ちて壽を為さざる。」鮑叔、杯を奉じて進みて曰く、「公をして出奔して莒に在りしことを忘るること毋く、管仲をして束縛せられて魯に在りしことを忘るること毋く、甯戚をして其の牛を飯うて車下に居りしことを忘るること毋からしめん。」桓公、席を避けて再拜して曰く、「寡人と大夫と能く皆夫子の言を忘るること毋くんば、則ち齊國の社稷、殆うからざるに幸からん。」此の時に當りてや、桓公は與に言を極むと言う可し。與に言を極むと言う可く、故に與に霸為る可し。
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『管子』中匡桓公管仲に謂いて曰く、「請う仲父を致さん」と。公管仲父と與に將に之を飲まんとし、新井を掘りて焉を柴す。十日齋戒して、管仲を召す。管仲至り、公爵を執り、夫人尊を執り、觴三たび行われて、管仲趨りて出づ。公怒りて曰く、「寡人齋戒すること十日にして仲父を飲ましむ、寡人自ら以て修まれりと為す。仲父寡人に告げずして出づ、其の故は何ぞや」と。鮑叔・隰朋趨りて出で、管仲に途に及びて曰く、「公怒れり」と。管仲反り、入りて、屏に倍きて立つ、公與に言わず。少しく中庭に進む、公與に言わず。少しく堂に傅く、公曰く、「寡人齋戒すること十日にして仲父を飲ましむ、自ら以て罪を脱すと為す。仲父寡人に告げずして出づ、未だ其の故を知らざるなり」と。對えて曰く、「臣之を聞く、樂に沈む者は憂いに洽く、味に厚き者は行いに薄く、朝に慢る者は政に緩く、國家を害する者は社稷に危うしと。臣是を以て敢えて出でしなり」と。
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『管子』小問桓公管仲に謂いて曰く、「吾大國の服せざる者を伐たんと欲す、奈何」と。管仲對えて曰く、「先ず四封の内を愛し、然る後に以て竟外の不善なる者を惡む可し。先ず卿大夫の家を定め、然る後に以て鄰の敵國を危うくす可し。是の故に先王は必ず置く有り、然る後に廢する有り。必ず利する有り、然る後に害する有り」と。桓公位に踐み、社に釁り禱を塞ぐを令す。祝鳬已疪胙を獻ず。祝して曰く、「君の苛疾を除かんこと、若の虚多くして實少なきと與にせん」と。桓公説ばず、目を瞑じて祝鳬已疪を視る。祝鳬已疪酒を授けて之を祭る。曰く、「又た君の若賢と與にせん」と。桓公怒り、將に之を誅せんとして未だせざるに、以て管仲に復す。管仲是に於いて桓公の以て霸たる可きを知る。
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『管子』小匡堂阜の上に至り、鮑叔祓いて之を浴すること三たび、桓公親ら之を郊に迎う。管仲纓を詘め衽を揷み、人をして斧を操りて其の後に立たしむ。公斧を辭すること三たび、然る後に之を退く。公曰く、「纓を垂れ衽を下せ、寡人將に見えんとす」と。管仲再拜稽首して曰く、「公の賜に應じ、之を黄泉に殺すも、死して且つ朽ちず」と。公遂に與に歸り、之を廟に禮し、三たび酌して政を為すを問う。
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『管子』小稱管仲病有り、桓公往きて之を問いて曰く、「仲父の病病めり、若し諱む可からずして此の病より起たずんば、仲父亦た將に何を以て寡人に詔げんとする」と。管仲對えて曰く、「君の臣に命ずる微くんば、故に臣且に之を謁げんとす。然りと雖も、君猶お行う能わざるなり」と。公曰く、「仲父寡人に東せよと命ずれば、寡人東し、寡人に西せよと令すれば、寡人西す。仲父の寡人に命ずる、寡人敢えて從わざらんや」と。管仲衣冠を攝して起ち、對えて曰く、「臣君の易牙・豎刁・堂巫・公子開方を逺ざけんことを願う。夫れ易牙は調和を以て公に事う、公曰く、惟だ嬰兒を烝すを未だ嘗めずと。是に於いて其の首子を烝して之を公に獻ず。人情其の子を愛せざるに非ざるなり、子すら之を愛せざれば、將た何ぞ公に有らんや。公は宫を喜びて妬む、豎刁自ら刑して公の為に内を治む。人情其の身を愛せざるに非ざるなり、身すら之を愛せざれば、將た何ぞ公に有らんや。公子開方は公に事うること十五年、歸りて其の親を視ず。齊・衛の間は、數日の行を容れず。臣之を聞く、務め為すこと久しからず、葢い虛しければ長からずと。其の生長からざる者は、其の死必ず終わらず」と。桓公曰く、「善し」と。