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管子 / 小稱

處朞年,四子作難,圍公一室,不得出。有一婦人,遂從竇入,得至公所。公曰:「吾飢而欲食,渴而欲飲,不可得,其故何也?」婦人對曰:「易牙、豎刁、堂巫、公子開方四人分齊國,塗十日不通矣。公子開方以書社七百下衛矣,食將不得矣。」公曰:「嗟兹乎!聖人之言長乎哉!死者無知則已,若有知,吾何面目以見仲父於地下?」乃援素幭以裹首而絶。死十一日,蟲出於户乃知桓公之死也,葬以楊門之扇。桓公之所以身死十一日、蟲出戸而不收者,以不終用賢也。

新字:処朞年,四子作難,囲公一室,不得出。有一婦人,遂従竇入,得至公所。公曰:「吾飢而欲食,渴而欲飲,不可得,其故何也?」婦人対曰:「易牙、豎刁、堂巫、公子開方四人分斉国,塗十日不通矣。公子開方以書社七百下衛矣,食将不得矣。」公曰:「嗟茲乎!聖人之言長乎哉!死者無知則已,若有知,吾何面目以見仲父於地下?」乃援素幭以裹首而絶。死十一日,虫出於戸乃知桓公之死也,葬以楊門之扇。桓公之所以身死十一日、虫出戸而不収者,以不終用賢也。

書き下し

朞年を處て、四子難を作し、公を一室に圍みて、出づるを得ず。一婦人有り、遂に竇從り入りて、公の所に至るを得たり。公曰く、「吾飢えて食らわんと欲し、渴して飲まんと欲するも、得可からず、其の故は何ぞや」と。婦人對えて曰く、「易牙・豎刁・堂巫・公子開方の四人齊國を分かち、塗十日通ぜざるなり。公子開方は書社七百を以て衛に下れり、食將に得ざらんとす」と。公曰く、「嗟兹たるかな、聖人の言長きかな。死者知る無くんば則ち已まん、若し知る有らば、吾何の面目ありて以て仲父を地下に見んや」と。乃ち素幭を援きて以て首を裹みて絶ゆ。死して十一日、蟲户より出でて乃ち桓公の死を知るなり、葬るに楊門の扇を以てす。桓公の身死して十一日、蟲户より出でて收められざりし所以の者は、賢を用うるを終えざるを以てなり。

現代語訳

一年たって、四人が難を起こし、公を一つの部屋に囲んで、出られなくした。一人の婦人が、穴から入って公のところにたどり着いた。公が言った。私は飢えて食べたい、渇いて飲みたいが、得られない。それはなぜか。婦人が答えた。易牙、豎刁、堂巫、公子開方の四人が斉の国を分け、道は十日通じていません。公子開方は書社七百を持って衛に下りました。食べ物はもう手に入らないでしょう。公が言った。ああ、聖人の言葉は遠くまで届くものだ。死んだ者に知ることがなければそれまでだが、もし知ることがあるなら、私はどんな顔をして地下で仲父に会えばよいのか。そして白い覆いを引き寄せて頭を包み、息絶えた。死んで十一日、虫が戸から出てきて、はじめて桓公の死が知られた。葬るには楊門の扉が使われた。桓公が死んで十一日、虫が戸から出るまで遺体が収められなかったのは、賢者を最後まで用いなかったからである。

解説

覇者の最期です。部屋に閉じ込められ、穴から入った婦人だけが事情を伝える。道は十日通じず、四人は国を分け、公子開方は七百の集落を持って衛に下った。桓公は最後に、どんな顔をして地下で仲父に会えばよいのか、と言って自分で頭を覆います。十一日たって虫が戸から出て、はじめて死が知られた。理由は一行で示されました。賢者を最後まで用いなかったからだ、と。

この章句が説くこと

四子難を作し公を一室に囲みて出づるを得ず四人斉国を分かち塗十日通ぜざるなり吾何の面目ありて以て仲父を地下に見んや賢を用うるを終えざるを以てなり最期飢え

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