管子 / 戒
管仲復於桓公曰:「任之重者莫如身,塗之畏者莫如口,期而逺者莫如年。以重任行畏塗,至逺期,唯君子乃能矣。」桓公退,再拜之曰:「夫子數以此言者敎寡人。」管仲對曰:「滋味動静,生之養也。好惡喜怒哀樂,生之變也。聰明當物,生之徳也。是故聖人齊滋味而時動静,御正六氣之變,禁止聲色之淫。邪行亡乎體,違言不存口,静然定生,聖也。
新字:管仲復於桓公曰:「任之重者莫如身,塗之畏者莫如口,期而遠者莫如年。以重任行畏塗,至遠期,唯君子乃能矣。」桓公退,再拝之曰:「夫子数以此言者教寡人。」管仲対曰:「滋味動静,生之養也。好悪喜怒哀楽,生之変也。聰明当物,生之徳也。是故聖人斉滋味而時動静,御正六気之変,禁止声色之淫。邪行亡乎体,違言不存口,静然定生,聖也。
書き下し
管仲桓公に復して曰く、「任の重き者は身に如くは莫く、塗の畏るべき者は口に如くは莫く、期にして遠き者は年に如くは莫し。重き任を以て畏るべき塗を行き、遠き期に至るは、唯だ君子のみ乃ち能くす」と。桓公退きて、再拜して曰く、「夫子數々此の言を以て寡人に教う」と。管仲對えて曰く、「滋味動静は、生の養なり。好惡喜怒哀樂は、生の變なり。聰明物に當たるは、生の德なり。是の故に聖人は滋味を齊しくして動静を時にし、六氣の變を御し正し、聲色の淫を禁止す。邪行體に亡く、違言口に存せず、静然として生を定む、聖なり。
現代語訳
管仲が桓公に申し上げた。担うものの重さでは身に及ぶものがなく、道の恐ろしさでは口に及ぶものがなく、期限が遠いことでは年に及ぶものがありません。重い荷を担って恐ろしい道を行き、遠い期限に至る。これができるのは君子だけです。桓公は退いて再拝して言った、先生はたびたびこの言葉で私に教えてくださる。管仲が答えた、味わいと動きと静けさは、生を養うものです。好き嫌い、喜び怒り哀しみ楽しみは、生の変化です。聡く明るく物に当たることは、生の徳です。だから聖人は味わいを均して動きと静けさを時にかない、六つの気の変化を御して正し、声と色のみだりを禁じます。邪な行いが体になく、外れた言葉が口に残らず、静かにして生を定める。これが聖です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』戒管仲桓公に復して曰く、「翼無くして飛ぶ者は、聲なり。根無くして固き者は、情なり。方無くして富む者は、生なり。公も亦た情を固くし聲を謹み、以て嚴かに生を尊べ、此れ道の榮と謂う」と。桓公退きて、再拜し、此の言の若くせんことを請う。
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『管子』內業凡そ人の生くるや、必ず平正を以てす。之を失う所以は、必ず喜怒憂患を以てす。是の故に怒を止むるは詩に若くは莫く、憂を去るは樂に若くは莫く、樂を節するは禮に若くは莫く、禮を守るは敬に若くは莫く、敬を守るは静に若くは莫し。内静かに外敬しければ、能く其の性に反り、性將に大いに定まらんとす。凡そ食の道は、大いに充つれば傷りて形臧からず、大いに攝むれば骨枯れて血沍る。充と攝との間、此れを和成と謂う。精の舍る所にして、知の生ずる所なり。飢飽の度を失うは、乃ち之が圖を為す。飽けば則ち疾く動き、飢うれば則ち廣く思い、老いては則ち長く慮る。飽きて疾く動かざれば、氣四末に通ぜず。飢えて廣く思わざれば、飽きて廢せず。老いて長く慮らざれば、困しみて乃ち遫やかに竭く。心を大にして敢えにし、氣を寛くして廣くす。其の形安んじて移らず、能く一を守りて萬苛を弃て、利を見て誘われず、害を見て懼れず、寛舒にして仁、獨り其の身を樂しむ、是を雲氣と謂い、意行天に似たり。
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『管子』心術下凡そ民の生くるや、必ず正平を以てす。之を失う所以の者は、必ず喜樂哀怒を以てす。怒を節するは樂に若くは莫く、樂を節するは禮に若くは莫く、禮を守るは敬に若くは莫し。外敬にして内静かなる者は、必ず其の性に反る。豈に利事無からんや、我に利心無し。豈に安處無からんや、我に安心無し。心の中に又た心有り、意は言に先んず。意ありて然る後に形あり、形ありて然る後に思あり、思ありて然る後に知あり。凡そ心の形、知に過ぐれば生を失う。是の故に内に聚めて以て原と為す。泉の竭きざれば、表裏遂に通ず。泉の涸れざれば、四支堅固なり。能く令して之を用うれば、四固を被服す。是の故に聖人は一言にして之を解き、上は天に察かに、下は地に察かなり。
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『管子』內業精存すれば自ら生じ、其の外安榮なり。内に藏して以て泉原と為し、浩然として和平、以て氣淵と為す。淵の涸れざれば、四體乃ち固し。泉の竭きざれば、九竅遂に通ず。乃ち能く天地を窮め、四海を被う。中に惑意無く、外に邪菑無し。心中に全く、形外に全し。天菑に逢わず、人害に遇わず、之を聖人と謂う。人能く正静なれば、皮膚裕寛、耳目聰明、筋信びて骨強く、乃ち能く大圜を戴きて大方を履む。大清に鑒み、大明に視、敬愼にして忒わず、日に其の德を新たにし、徧く天下を知り、四極を窮む。敬しみて其の充を發す、是を内得と謂う。然り而して反らざる、此れ生の忒なり。
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『管子』戒仁は中より出で、義は外より作る。仁なるが故に天下を以て利と為さず。義なるが故に天下を以て名と為さず。仁なるが故に王に代わらず。義なるが故に七十にして政を致す。是の故に聖人は德を上びて功を下し、道を尊びて物を賤しむ。道德身に當たる、故に物を以て惑わず。是の故に身草茅の中に在りて懾意無く、南面して天下を聽きて驕色無し。此くの如くして而る後に以て天下の王為る可し。所謂德なる者は、動かずして疾く、相告げずして知り、為さずして成り、召さずして至る、是れ德なり。故に天動かずして、四時云に下りて萬物化す。君動かずして、政令陳ね下りて萬功成る。心動かずして、四肢耳目を使いて萬物情あり。交わり寡なくして親しみ多きを、之を人を知ると謂う。事寡なくして功成るを、之を用を知ると謂う。一言を聞きて以て萬物を貫くを、之を道を知ると謂う。多言にして當たらざるは、其の寡なきに如かず。博く學びて自ら反らざれば、必ず邪有り。孝弟なる者は、仁の祖なり。忠信なる者は、交わりの慶なり。内に孝弟を考えず、外に忠信を正さずして、其の四經を澤にして誦學する者は、是れ其の身を亡ぼす者なり。
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『管子』禁藏故に聖人の事を制するや、能く宫室を節し車輿を適にして以て藏を實たせば、則ち國必ず富み、位必ず尊し。能く衣服を適にし、玩好を去りて以て本を奉ずれば、而ち用必ず贍り、身必ず安し。能く無益の事、無補の費を移し、幣を通じ禮を行えば、而ち黨必ず多く、交必ず親しむ。夫れ衆人は多く物に營まれて、其の力を苦しめ、其の心を勞す、故に困しみて贍らず、大なる者は以て其の國を失い、小なる者は以て其の身を危うくす。凡そ人の情、欲する所を得れば則ち樂しみ、惡む所に逢えば則ち憂う、此れ貴賤の同じく有る所なり。之に近づけば欲する勿き能わず、之を逺ざくれば忘るる勿き能わず、人情皆な然り、而して好惡同じからず。各おの欲する所を行いて、安危焉に異なる、然る後に賢不肖の形見るるなり。