管子 / 問
時簡稽帥馬牛之肥膌,其老而死者皆舉之。其就山藪林澤食薦者幾何?出入死生之會幾何?若夫城郭之厚薄,溝壑之淺深,門閭之尊卑,宜修而不修者,上必幾之。守備之伍,器物不失其具,淫雨而各有處藏。問兵官之吏,國之豪士,其急難足以先後者幾何人?夫兵事者,危物也,不時而勝,不義而得,未為福也。失謀而敗,國之危也,慎謀乃保國。問所以敎選人者何事?問執官都者,其位事幾何年矣?所辟草萊有益於家邑者幾何矣?所封表以益人之生利者何物也?所築城郭,修牆閉,絶通道阨闕,深防溝,以益人之地守者何所也?所捕盜賊,除人害者幾何矣?
新字:時簡稽帥馬牛之肥膌,其老而死者皆舉之。其就山藪林沢食薦者幾何?出入死生之会幾何?若夫城郭之厚薄,溝壑之浅深,門閭之尊卑,宜修而不修者,上必幾之。守備之伍,器物不失其具,淫雨而各有処蔵。問兵官之吏,国之豪士,其急難足以先後者幾何人?夫兵事者,危物也,不時而勝,不義而得,未為福也。失謀而敗,国之危也,慎謀乃保国。問所以教選人者何事?問執官都者,其位事幾何年矣?所辟草萊有益於家邑者幾何矣?所封表以益人之生利者何物也?所築城郭,修牆閉,絶通道阨闕,深防溝,以益人之地守者何所也?所捕盗賊,除人害者幾何矣?
書き下し
時に馬牛の肥膌を簡稽して帥い、其の老いて死する者は皆な之を舉ぐ。其の山藪林澤に就きて薦を食う者幾何ぞ。出入死生の會幾何ぞ。若し夫れ城郭の厚薄、溝壑の淺深、門閭の尊卑、宜しく修むべくして修めざる者は、上必ず之を幾す。守備の伍、器物其の具を失わず、淫雨あらば各々處藏有り。兵官の吏、國の豪士、其の急難に以て先後するに足る者幾何人なるかを問う。夫れ兵事なる者は、危物なり、時ならずして勝ち、義ならずして得るは、未だ福と為さざるなり。謀を失いて敗るるは、國の危うきなり、謀を慎みて乃ち國を保つ。人を教え選ぶ所以の者は何事なるかを問う。官都を執る者、其の位事幾何年なるかを問う。辟く所の草萊の家邑に益有る者幾何ぞ。封表して以て人の生利を益す所の者は何物ぞや。築く所の城郭、牆閉を修め、通道阨闕を絕ち、防溝を深くして、以て人の地守を益す所の者は何所ぞや。捕らうる所の盜賊、人の害を除く者幾何ぞ。
現代語訳
時に馬と牛の肥え痩せを調べて率い、老いて死んだものはみな数え上げる。山や藪や林や沢に行ってまぐさを食べているものは何頭か。出入りと生き死にの数はいくつか。城壁の厚薄、堀の浅深、門の格。直すべきなのに直していないものは、上が必ずこれを問いただす。守備の隊は、器物がその備えを欠かさず、長雨があればそれぞれしまう場所がある。兵の官の役人、国のすぐれた士で、急な難に前後して働けるだけの者は何人いるか。兵の事は危ういものである。時にかなわずして勝ち、義によらずして得るのは、まだ福とはいえない。はかりごとを外して敗れるのは国の危うさである。はかりごとを慎んでこそ国を保てる。人を教え選ぶやり方は何によるのかを問う。官の都を預かる者は、その位について何年になるかを問う。開いた荒れ地で家や邑の益になったものはどれだけか。境を立てて人の生計の利を増したものは何か。築いた城壁、直した垣、断った通り道や隘路、深くした堀で、人の土地の守りを増したところはどこか。捕らえた盗賊で、人の害を除いたものはどれだけか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・子張篇叔孫武叔、仲尼を毀る。子貢曰く、「以て為すこと無かれ。仲尼は毀る可からざるなり。他人の賢者は、丘陵なり、猶お踰ゆ可きなり。仲尼は、日月なり、得て踰ゆること無し。人自ら絶たんと欲すと雖も、其れ何ぞ日月を傷らんや。多だ其の量を知らざるを見るなり。」
-
『韓非子』難言第三捷敏辯給にして、文采に繁ければ
-
尚書・咸有一德七世の廟は、以て徳を観るべし。万夫の長は、以て政を観るべし。
-
論語・子張篇陳子禽、子貢に謂いて曰く、「子は恭を為すなり。仲尼豈に子より賢らんや。」子貢曰く、「君子は一言以て知と為し、一言以て不知と為す。言は慎まざる可からざるなり。夫子の及ぶ可からざるや、猶お天の階して升る可からざるがごときなり。夫子の邦家を得たらば、所謂『之を立つれば斯に立ち、之を道けば斯に行き、之を綏んずれば斯に来たり、之を動かせば斯に和す。其の生くるや栄え、其の死するや哀しむ』。之を如何ぞ其れ及ぶ可けんや。」
-
『塩鉄論』散不足篇古者、凶年には備えず、豐年に敗を補い、舊貫に仍りて改め作らず。今工は變を異にして吏は心を殊にし、成功を壞敗して、以て厥の意を匿す。意は功業を極むるに乎てし、務めは面目を存するに乎てす。功を積みて以て譽を市い、民の急を恤まず。田野辟けずして、亭落を飾り、邑居丘墟にして、其の郭を高くす。
-
『塩鉄論』伐功篇文學曰く、古の師を用うるは、壤土の利を貪るに非ず、民の患いを救うなり。民之を思うこと、旱の雨を望むが若く、簞食壺漿して、以て王師を逆う。故に人の患いを憂うる者は、民一心にして之に歸す。湯・武是れなり。民の死を愛まず、力盡きて潰叛せらるる者は、秦王是れなり。孟子曰く、「君、道に鄉わず、仁義に由らずして、之が為に強いて戰わば、克つと雖も必ず亡ぶ」と。此れ中國の擾亂せし所以にして、蒙恬死して諸侯秦に叛きしに非ず。昔、周室の盛んなるや、越裳氏來り獻じ、百蠻貢を致す。其の後、周衰えて諸侯力征し、蠻・貊分散して、各々聚黨有り、能く相一なる莫し。是を以て燕・趙意を得ること能えり。其の後、匈奴稍く強く、諸侯を蠶食す。故に月氏を破り走らせ、兵威に因りて小國を徙し、引弓の民、幷せて一家と為り、意を一にし力を同じくす。故に制し難きなり。前に君、先帝の為に匈奴の策を畫きて曰く、「兵を西域に據え、之が便勢の地を奪い、以て其の變を候たん。漢の強きを以て、匈奴の眾を攻むるは、強弩を以て癰疽を潰るが若し。越の吳を禽にせしも、豈に道うに足らんや」と。上以て然りと為す。君の義を用い、君の計を聽くこと、越王の種・蠡に任ずるも過ぎず。搜粟都尉を以て御史大夫と為し、政を持すること十有餘年。未だ種・蠡の功を見ずして、而も靡弊の效を見る。匈奴は為に俛を加えずして、百姓黎民は以て敝れたり。是れ君の策、匈奴を弱むる能わずして、反って中國を衰えしむるなり。善く計を為す者、固より此くの若きか。