管子 / 霸形
桓公變躬遷席,拱手而問曰:「敢問何謂其本?」管子對曰:「齊國百姓,公之本也。人甚憂飢,而稅斂重。人甚懼死,而刑政險。人甚傷勞,而上舉事不時。公輕其稅斂,則人不憂飢。緩其刑政,則人不懼死。舉事以時,則人不傷勞。」桓公曰:「寡人聞仲父之言,此三者聞命矣。不敢擅也,將薦之先君。」於是令百官有司,削方墨筆,明日皆朝於太廟之門。朝定,令於百吏。使稅者百一鍾,孤幼不刑,澤梁時縱,闗譏而不征,市書而不賦。近者示之以忠信,逺者示之以禮義。行此數年,而民歸之如流水。
新字:桓公変躬遷席,拱手而問曰:「敢問何謂其本?」管子対曰:「斉国百姓,公之本也。人甚憂飢,而税斂重。人甚懼死,而刑政険。人甚傷労,而上舉事不時。公軽其税斂,則人不憂飢。緩其刑政,則人不懼死。舉事以時,則人不傷労。」桓公曰:「寡人聞仲父之言,此三者聞命矣。不敢擅也,将薦之先君。」於是令百官有司,削方墨筆,明日皆朝於太廟之門。朝定,令於百吏。使税者百一鍾,孤幼不刑,沢梁時縦,関譏而不征,市書而不賦。近者示之以忠信,遠者示之以礼義。行此数年,而民帰之如流水。
書き下し
桓公躬を變じ席を遷し、手を拱きて問いて曰く、「敢えて問う、何をか其の本と謂う」と。管子對えて曰く、「齊國の百姓は、公の本なり。人甚だ飢えを憂う、而して稅斂重し。人甚だ死を懼る、而して刑政險なり。人甚だ勞を傷む、而して上事を舉ぐるに時ならず。公其の稅斂を輕くすれば、則ち人飢えを憂えず。其の刑政を緩くすれば、則ち人死を懼れず。事を舉ぐるに時を以てすれば、則ち人勞を傷まず」と。桓公曰く、「寡人仲父の言を聞く、此の三つの者命を聞けり。敢えて擅にせざるなり、將に之を先君に薦めんとす」と。是に於いて百官有司に令し、方を削り筆を墨し、明日皆太廟の門に朝せしむ。朝定まり、百吏に令す。稅する者をして百に一鍾ならしめ、孤幼は刑せず、澤梁は時に縱ち、關は譏して征せず、市は書して賦せず。近き者には之に示すに忠信を以てし、遠き者には之に示すに禮義を以てす。此を行うこと數年にして、民の之に歸すること流水の如し。
現代語訳
桓公は姿勢を改め席を移し、手を組んで問うた、あえてうかがう、何をその本というのか。管子が答えた、斉国の民が公の本です。人はひどく飢えを憂えているのに、税は重い。人はひどく死を懼れているのに、刑と政は険しい。人はひどく労苦を痛んでいるのに、上は事を起こすのに時をわきまえない。公が税を軽くすれば、人は飢えを憂えません。刑と政をゆるめれば、人は死を懼れません。時をわきまえて事を起こせば、人は労苦を痛みません。桓公が言った、私は仲父の言葉を聞いた。この三つは命として受けた。勝手にはしない。先君に申し上げよう。そこで役人に令して、木札を削り筆を墨して、翌日みな太廟の門に参内させた。朝議が定まると、役人に令した。税を取る者には百分の一鍾とし、孤児や幼い者は刑さず、沢や梁は時期を決めて開き、関所は調べても課税せず、市場は記録しても賦を課さない。近い者には忠と信を示し、遠い者には礼と義を示した。これを数年行うと、民が帰していくさまは流れる水のようであった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・顔淵篇哀公、有若に問いて曰く、「年饑えて、用足らず。之を如何。」有若対えて曰く、「盍ぞ徹せざる。」曰く、「二すら、吾猶お足らず。之を如何ぞ其れ徹せんや。」対えて曰く、「百姓足らば、君孰と与にか足らざらん。百姓足らずんば、君孰と与にか足らん。」
-
論語・学而篇有子曰く、「其の人と為りや、孝弟にして上を犯すことを好む者は鮮なし。上を犯すことを好まずして乱を作すことを好む者は、未だ之有らざるなり。君子は本を務む。本立ちて道生ず。孝弟や者は、其れ仁の本為るか。」
-
孔子家語・六本孔子曰わく、「舟は水に非ざれば、行かず。水舟に入れば、則ち没す。君は民に非ざれば、治まらず。民上を犯せば、則ち傾く。是の故に君子は厳ならざる可からざるなり、小人は整一ならざる可からざるなり。」
-
『管子』霸言夫れ霸王の始まる所は、人を以て本と為す。本理まれば則ち國固く、本亂るれば則ち國危うし。故に上明らかなれば則ち下敬し、政平らかなれば則ち人安く、士教和すれば則ち兵敵に勝ち、能を使えば則ち百事理まり、仁に親しめば則ち上危うからず、賢に任ずれば則ち諸侯服す。霸王の形は、德義もて之に勝ち、智謀もて之に勝ち、兵戰もて之に勝ち、地形もて之に勝ち、動作もて之に勝つ、故に之に王たり。
-
孫子・作戦篇師に近き者は貴く売る。貴く売れば則ち百姓財竭き、財竭くれば則ち丘役に急なり。
-
論語・衛霊公篇子曰く、吾の人に於けるや、誰をか毀り誰をか誉めん。如し誉むる所有らば、其れ試みる所有らん。斯の民や、三代の直道にして行いし所以なり。