管子 / 小匡
三日,公曰:「寡人有大邪三,其猶尚可以為國乎?」對曰:「臣未得聞。」公曰:「寡人不幸而好田,晦夜而至禽側,田莫不見禽而後反。諸侯使者無所致,百官有司無所復。」對曰:「惡則惡矣,然非其急者也。」公曰:「寡人不幸而好酒,日夜相繼,諸侯使者無所致,百官有司無所復。」對曰:「惡則惡矣,然非其急者也。」公曰:「寡人有汚行,不幸而好色,而姑姉有不嫁者。」對曰:「惡則惡矣,然非其急者也。」公作色曰:「此三者且可,則惡有不可者矣!」對曰:「人君唯優與不敏為不可。優則亡衆,不敏不及事。」
新字:三日,公曰:「寡人有大邪三,其猶尚可以為国乎?」対曰:「臣未得聞。」公曰:「寡人不幸而好田,晦夜而至禽側,田莫不見禽而後反。諸侯使者無所致,百官有司無所復。」対曰:「悪則悪矣,然非其急者也。」公曰:「寡人不幸而好酒,日夜相継,諸侯使者無所致,百官有司無所復。」対曰:「悪則悪矣,然非其急者也。」公曰:「寡人有汚行,不幸而好色,而姑姉有不嫁者。」対曰:「悪則悪矣,然非其急者也。」公作色曰:「此三者且可,則悪有不可者矣!」対曰:「人君唯優与不敏為不可。優則亡衆,不敏不及事。」
書き下し
三日にして、公曰く、「寡人に大邪三つ有り、其れ猶お尚お以て國を為む可きか」と。對えて曰く、「臣未だ聞くを得ず」と。公曰く、「寡人不幸にして田を好み、晦夜にして禽の側に至り、田して禽を見ずして後に反らざる莫し。諸侯の使者致す所無く、百官有司復す所無し」と。對えて曰く、「惡は則ち惡なり、然れども其の急なる者に非ざるなり」と。公曰く、「寡人不幸にして酒を好み、日夜相繼ぐ、諸侯の使者致す所無く、百官有司復す所無し」と。對えて曰く、「惡は則ち惡なり、然れども其の急なる者に非ざるなり」と。公曰く、「寡人汚行有り、不幸にして色を好み、而して姑姉に嫁がざる者有り」と。對えて曰く、「惡は則ち惡なり、然れども其の急なる者に非ざるなり」と。公色を作して曰く、「此の三つの者且つ可ならば、則ち惡んぞ不可なる者有らんや」と。對えて曰く、「人君は唯だ優と不敏とを不可と為す。優なれば則ち衆を亡い、不敏なれば事に及ばず」と。
現代語訳
三日して公が言った、私には大きな邪が三つある。それでもなお国を治められるだろうか。答えて言った、私はまだうかがっておりません。公が言った、私は不幸にして狩りを好み、月のない夜まで獲物のそばにいて、狩りをして獲物を見ないうちは帰らない。諸侯の使者は用件を届けられず、役人は報告できない。答えて言った、悪いことは悪いことです。しかし急を要するものではありません。公が言った、私は不幸にして酒を好み、昼も夜も続けている。諸侯の使者は届けられず、役人は報告できない。答えて言った、悪いことは悪いことです。しかし急を要するものではありません。公が言った、私には汚れた行いがある。不幸にして色を好み、叔母や姉で嫁いでいない者がいる。答えて言った、悪いことは悪いことです。しかし急を要するものではありません。公は色をなして言った、この三つでもよいと言うなら、いったい何がいけないのか。答えて言った、君主にとっては、ぐずぐずすることと鈍いことだけがいけません。ぐずぐずすれば人を失い、鈍ければ事に間に合いません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』大匡管仲進みて言を舉げ、上りて之を君に見え、卒年を以て君舉ぐ。管仲鮑叔に告げて曰く、「國家を勸めて成るを得ずして悔い、政に從いて治まらず、野原たる能わず、又た多くして發し、訟して驕る、凡そ三つの者は、罪有りて赦す無し」と。晏子に告げて曰く、「貴人の子華に處り、下に交わり、飲食を好む、此の三つの者を行わば、罪有りて赦す無し。士出入常無く、老を敬わずして富を營む、此の三つの者を行わば、罪有りて赦す無し。耕す者出入父兄に應ぜず、力を用うるに農ならず、賢に事えず、此の三つの者を行わば、罪有りて赦す無し」と。國子に告げて曰く、「工賈出入父兄に應ぜず、事を承けて敬まず、而して老に違い危を治む、此の三つの者を行わば、罪有りて赦す無し」と。凡そ父兄に過ち無く、州里之を稱し、吏之を進め、君之を用う。善有るも賞無く、過ち有るも罰無ければ、吏進めず、意を廉にす。父兄に過ち無く、州里に稱する莫きも、吏之を進め、君之を用いて、善なれば、上賞と為す。不善なれば、吏に罰有り。君國子に謂う、「凡そ貴賤の義は、入りては父と俱にし、出でては師と俱にし、上りては君と俱にす。凡そ三つの者賊に遇いて死せず、賊を知らざれば、則ち赦す無し。獄を斷ずるに情と義と易え、義と禄と易う、禄を易うれば斂むる無かる可し、有らば赦す無かる可し」と。
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『管子』大匡三年、桓公將に魯を伐たんとして曰く、「魯は寡人に近し、是に於いて其の宋を救うや疾し、寡人且に焉を誅せんとす」と。管仲曰く、「不可なり。臣聞く土を有つの君、兵に勤めず、辱に忌まず、其の過を輔けざれば、則ち社稷安し。兵に勤め、辱に忌み、其の過を輔くれば、則ち社稷危うしと」。公聽かず、師を興して魯を伐つ。長勺に造る、魯の莊公師を興して之を逆え、大いに之を敗る。桓公曰く、「吾が兵猶お尚お少なし、吾參たび之を圍まば、安んぞ能く我を圉がん」と。
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『管子』小匡曰く、「昔先君襄公、臺を高くし池を廣くし、樂に湛り酒を飲み、田獵罼弋して、國政を聽かず、聖を卑しみ士を侮り、唯だ女をば是れ崇ぶ。九妃六嬪、陳妾數千、食は必ず粱肉、衣は必ず文繡、而して戎士は凍饑す。戎馬は游車の弊るるを待ち、戎士は陳妾の餘りを待つ。倡優侏儒前に在りて、賢大夫は後に在り。是を以て國家日に益さず、月に長ぜず、吾宗廟の掃除せられず、社稷の血食せられざるを恐る。敢えて問う、之を為すこと奈何」と。管子對えて曰く、「昔吾が先王周の昭王・穆王は、世々文・武の遠迹に法り、以て其の名を成す。羣國を合わせ、民の道有る者を比校し、象を設けて以て民の紀と為し、美を式として以て相應じ、比綴して以て書し、本を原ね末を窮め、之を勸むるに慶賞を以てし、之を糺すに刑罰を以てし、其の顛旄を糞除し、賜予して以て之を鎮撫し、以て民の終始と為す」と。
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『管子』中匡桓公管仲に謂いて曰く、「請う仲父を致さん」と。公管仲父と與に將に之を飲まんとし、新井を掘りて焉を柴す。十日齋戒して、管仲を召す。管仲至り、公爵を執り、夫人尊を執り、觴三たび行われて、管仲趨りて出づ。公怒りて曰く、「寡人齋戒すること十日にして仲父を飲ましむ、寡人自ら以て修まれりと為す。仲父寡人に告げずして出づ、其の故は何ぞや」と。鮑叔・隰朋趨りて出で、管仲に途に及びて曰く、「公怒れり」と。管仲反り、入りて、屏に倍きて立つ、公與に言わず。少しく中庭に進む、公與に言わず。少しく堂に傅く、公曰く、「寡人齋戒すること十日にして仲父を飲ましむ、自ら以て罪を脱すと為す。仲父寡人に告げずして出づ、未だ其の故を知らざるなり」と。對えて曰く、「臣之を聞く、樂に沈む者は憂いに洽く、味に厚き者は行いに薄く、朝に慢る者は政に緩く、國家を害する者は社稷に危うしと。臣是を以て敢えて出でしなり」と。
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『管子』小匡正月の朝、鄉長事を復す、公親ら焉に問いて曰く、「子の鄉に、居處義を為し學を好み、聰明質仁、父母に慈孝、長弟鄉里に聞こゆる者有らば、有らば則ち以て告げよ。有りて以て告げざるは、之を蔽賢と謂う、其の罪五なり」と。有司事を已えて竣む。公又た焉に問いて曰く、「子の鄉に、拳勇股肱の力有り、筋骨衆に秀出する者有らば、有らば則ち以て告げよ。有りて以て告げざるは、之を蔽才と謂う、其の罪五なり」と。有司事を已えて竣む。公又た焉に問いて曰く、「子の鄉に、父母に慈孝ならず、鄉里に長弟ならず、驕躁淫暴にして、上令を用いざる者有らば、有らば則ち以て告げよ。有りて以て告げざるは、之を下比と謂う、其の罪五なり」と。有司事を已えて竣む。是に於いてか鄉長退きて德を修め賢を進む、桓公親ら之を見え、遂に之を官に役せしむ。
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『管子』中匡管仲國用を會するに、三分の二は賓客に在り、其の一は國に在り、管仲懼れて之を復す。公曰く、「吾子猶お是くの如きか。四鄰の賓客、入る者說び、出づる者譽むれば、光名天下に滿つ。入る者說ばず、出づる者譽めざれば、汚名天下に滿つ。壤は以て粟と為す可く、木は以て貨と為す可し。粟盡くれば則ち生ずる有り、貨散ずれば則ち聚まる有り。人に君たる者は、名之を貴しと為す、財安んぞ有つ可けんや」と。管仲曰く、「此れ君の明なり」と。公曰く、「民軍事を辦ず、則ち可なるか」と。對えて曰く、「不可なり。甲兵未だ足らざるなり、請う刑罰を薄くして以て甲兵を厚くせん」と。是に於いて死罪も殺さず、刑罪も罰せず、甲兵を以て贖わしむ。死罪は犀甲一・戟を以てし、刑罰は脅盾一・戟を以てし、過罰は金を以てす。軍に計る所無くして訟うる者は、成すに束矢を以てす。公曰く、「甲兵既に足れり、吾大國の不道なる者を誅せんと欲す、可なるか」と。對えて曰く、「四封の内を愛して、而る後に以て竟外の不善なる者を惡む可し。卿大夫の家を安んじて、而る後に以て敵に救するの國を危うくす可し。小國に地を賜いて、而る後に以て大國の不道なる者を誅す可し。賢良を舉げて、而る後に以て法を慢り鄙賤なる民を廢す可し。是の故に先王は必ず置く有りて、而る後に必ず廢する有り。必ず利する有りて、而る後に必ず害する有り」と。