管子 / 大匡
三年,桓公將伐魯,曰:「魯與寡人近,於是其救宋也疾,寡人且誅焉。」管仲曰:「不可。臣聞有土之君,不勤於兵,不忌於辱,不輔其過,則社稷安。勤於兵,忌於辱,輔其過,則社稷危。」公不聴,興師伐魯。造於長勺,魯莊公興師逆之,大敗之。桓公曰:「吾兵猶尚少,吾參圍之,安能圉我?」
新字:三年,桓公将伐魯,曰:「魯与寡人近,於是其救宋也疾,寡人且誅焉。」管仲曰:「不可。臣聞有土之君,不勤於兵,不忌於辱,不輔其過,則社稷安。勤於兵,忌於辱,輔其過,則社稷危。」公不聴,興師伐魯。造於長勺,魯荘公興師逆之,大敗之。桓公曰:「吾兵猶尚少,吾参囲之,安能圉我?」
書き下し
三年、桓公將に魯を伐たんとして曰く、「魯は寡人に近し、是に於いて其の宋を救うや疾し、寡人且に焉を誅せんとす」と。管仲曰く、「不可なり。臣聞く土を有つの君、兵に勤めず、辱に忌まず、其の過を輔けざれば、則ち社稷安し。兵に勤め、辱に忌み、其の過を輔くれば、則ち社稷危うしと」。公聽かず、師を興して魯を伐つ。長勺に造る、魯の莊公師を興して之を逆え、大いに之を敗る。桓公曰く、「吾が兵猶お尚お少なし、吾參たび之を圍まば、安んぞ能く我を圉がん」と。
現代語訳
三年、桓公が魯を討とうとして言った、魯は私の近くにある。それなのに宋を救うのが速かった。私はこれを討つ。管仲が言った、いけません。私が聞くところ、土地を持つ君が、兵にのめり込まず、辱めにこだわらず、自分の過ちを取り繕わなければ、社稷は安らかです。兵にのめり込み、辱めにこだわり、過ちを取り繕えば、社稷は危うい。公は聞かず、軍を起こして魯を討った。長勺に至ると、魯の荘公が軍を起こして迎え、大いにこれを破った。桓公は言った、我が兵はまだ少ない。三度も囲めば、どうして防げよう。
解説
三つの戒めが並びます。兵にのめり込まない、辱めにこだわらない、過ちを取り繕わない。この三つがそろえば社稷は安らかで、逆なら危うい。桓公はどれも当てはまっていました。長勺で大敗したあとの一言が、また同じ調子です。兵が少ないからだ、三度囲めばよい。負けた理由を数に求めて、また同じ道を進もうとします。
この章句が説くこと
土を有つの君兵に勤めず辱に忌まず其の過を輔けざれば則ち社稷安し兵に勤め辱に忌み其の過を輔くれば則ち社稷危うし公聴かず師を興して魯を伐つ長勺に造る吾が兵猶お尚お少なし吾参たび之を囲まん執着辱め
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『管子』大匡異日、公管仲に告げて曰く、「諸侯の間事無きを以て、小しく兵革を修めんと欲す」と。管仲曰く、「不可なり。百姓病めり、公先ず百姓に與えて其の兵を藏めよ。其の兵に厚きよりは、人に厚きに如かず。齊國の社稷未だ定まらず、公未だ人に始めずして兵に始む、外は諸侯に親しまれず、内は民に親しまれず」と。公曰く、「諾」と。政未だ行う有る能わず、二年、桓公彌々亂れ、又た管仲に告げて曰く、「兵を繕わんと欲す」と。管仲又た曰く、「不可なり」と。公聽かず、果たして兵を為す。桓公宋の夫人と船中に飲む、夫人船を蕩かして公を懼れしむ、公怒りて、之を出だす。宋受けて之を蔡侯に嫁せしむ。明年、公怒りて、管仲に告げて曰く、「宋を伐たんと欲す」と。管仲曰く、「不可なり。臣聞く内政修まらざれば、外事を舉ぐるも濟らずと」。公聽かず、果たして宋を伐つ。諸侯兵を興して宋を救い、大いに齊師を敗る。
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『管子』大匡四年、兵を修め、同甲十萬、車五十乘。管仲に謂いて曰く、「吾が士既に練れ、吾が兵既に多し、寡人魯を服せんと欲す」と。管仲喟然として嘆じて曰く、「齊國危うし、君德を競わずして、兵を競う。天下の國、帶甲十萬なる者鮮なからず。吾小兵を發して以て大兵を服せんと欲す、内には吾が衆を失う。諸侯備えを設け、吾が人詐を設く、國危うき無からんと欲するも、得已めんや」と。公聽かず、果たして魯を伐つ。魯敢えて戰わず、國を去ること五十里にして之が關を為す。魯關内に比するを請い、以て齊に從い、齊も亦た復た魯を侵す毋し。桓公許諾す。
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『管子』大匡五年、宋杞を伐つ。桓公管仲と鮑叔とに謂いて曰く、「夫れ宋は、寡人固より之を伐たんと欲す、諸侯を若何ともする無し。夫れ杞は、明王の後なり。今宋之を伐つ、予之を救わんと欲す、其れ可なるか」と。管仲對えて曰く、「不可なり。臣聞く内政の修まらざれば、外義を舉ぐるも信ぜられずと。君將に外義を舉げんとせば、行を以て之に先んぜば、則ち諸侯附かしむ可し」と。桓公曰く、「此に於いて救わずんば、後宋を伐つに以てする無し」と。管仲曰く、「諸侯の君は、土を貪らず。土を貪れば必ず兵に勤む、兵に勤むれば必ず民を病ましむ、民病めば則ち詐多し。夫れ詐は、密にして而る後に動く者勝つ、詐れば則ち民に信ぜられず。夫れ民に信ぜられざれば則ち亂内に動く、則ち身に危うし。是を以て古の人の先王の道を聞く者は、兵を競わず」と。
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『管子』大匡魯人盟を請いて曰く、「魯は小國なり、固より劔を帶びず。今にして劔を帶ぶるは、是れ兵を交うること諸侯に聞こゆ。君己に兵を去らんことを請うに如かず」と。桓公曰く、「諾」と。乃ち從者に令して兵を以てする毋からしむ。管仲曰く、「不可なり。諸侯忌みを君に加う、君是くの如くにして以て退くは、可なり。君果たして魯君を弱くせば、諸侯又た貪を君に加え、後に事有らば、小國彌々堅く、大國備えを設く、齊國の利に非ざるなり」と。桓公聽かず。管仲又た諫めて曰く、「君必ず魯を去らずんば、胡ぞ兵を用いざる。曹劌の人と為りや、堅強にして忌む、約を以て取る可からざるなり」と。桓公聽かず、果たして之と遇う。莊公自ら劔を懷にし、曹劌も亦た劔を懷にして壇に踐む、莊公劔を其の懷より抽きて曰く、「魯の境、國を去ること五十里、亦た死せざる無きのみ」と。左に桓公を揕し、右に自ら承けて曰く、「之を均しく死せば、君前に戮死せん」と。管仲君に走る、曹劌劍を抽きて兩階の間に當たりて曰く、「二君將に圖を改めんとす、進む者有る無かれ」と。管仲曰く、「君地を與え、汶を以て竟と為せ」と。桓公許諾し、汶を以て竟と為して歸る。桓公歸りて政を修め、兵革を修めず、自ら圉して人を辟け、過を以て師を弭む。
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