管子 / 小匡
桓公知天下小國諸侯之多與己也,於是又大施忠焉。可為憂者為之憂,可為謀者為之謀,可為動者為之動,伐譚、萊而不有也,諸侯稱仁焉。通齊國之魚鹽東萊,使關市幾而不正,壥而不稅,以為諸侯之利,諸侯稱寛焉。築蔡、鄢陵、培夏、靈父丘,以衛戎狄之地,所以禁暴於諸侯也。築五鹿、中牟、鄴蓋與社丘,以衛諸夏之地,所以示勸於中國也。敎大成。
新字:桓公知天下小国諸侯之多与己也,於是又大施忠焉。可為憂者為之憂,可為謀者為之謀,可為動者為之動,伐譚、萊而不有也,諸侯称仁焉。通斉国之魚塩東萊,使関市幾而不正,壥而不税,以為諸侯之利,諸侯称寛焉。築蔡、鄢陵、培夏、霊父丘,以衛戎狄之地,所以禁暴於諸侯也。築五鹿、中牟、鄴蓋与社丘,以衛諸夏之地,所以示勧於中国也。教大成。
書き下し
桓公天下の小國の諸侯の己に與する多きを知るなり、是に於いて又た大いに忠を施す。憂いと為す可き者は之が為に憂え、謀と為す可き者は之が為に謀り、動と為す可き者は之が為に動く。譚・萊を伐ちて有たざるなり、諸侯仁と稱す。齊國の魚鹽を東萊に通じ、關市をして幾して正せず、壥して稅せざらしめ、以て諸侯の利と為す、諸侯寛と稱す。蔡・鄢陵・培夏・靈父丘を築き、以て戎狄の地を衛る、諸侯に暴を禁ずる所以なり。五鹿・中牟・鄴・蓋と社丘とを築き、以て諸夏の地を衛る、中國に勸を示す所以なり。教大いに成る。
現代語訳
桓公は天下の小国の諸侯が多く自分に味方していると知って、さらに大いに真心を施した。憂えるべきことは相手のために憂え、はかるべきことは相手のためにはかり、動くべきことは相手のために動いた。譚と莱を討ったが自分のものにしなかった。諸侯は仁と称えた。斉国の魚と塩を東莱に通じさせ、関所と市場では調べても課税せず、置いても税を取らないようにして、諸侯の利とした。諸侯は寛と称えた。蔡、鄢陵、培夏、霊父丘に城を築いて戎狄の地を守った。諸侯への暴を禁じるためである。五鹿、中牟、鄴、蓋、社丘に城を築いて中原の地を守った。中原に励みを示すためである。こうして教えは大いに成った。
解説
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