管子 / 中匡
公遽下堂曰:「寡人非敢自為修也,仲父年長,雖寡人亦衰矣,吾願一朝安仲父也。」對曰:「臣聞壯者無怠,老者無偷,順天之道,必以善終者也。三王失之也,非一朝之萃,君奈何其偷乎!」管仲走出,君以賔客之禮再拜送之。
新字:公遽下堂曰:「寡人非敢自為修也,仲父年長,雖寡人亦衰矣,吾願一朝安仲父也。」対曰:「臣聞壮者無怠,老者無偸,順天之道,必以善終者也。三王失之也,非一朝之萃,君奈何其偸乎!」管仲走出,君以賓客之礼再拝送之。
書き下し
公遽かに堂を下りて曰く、「寡人敢えて自ら修まると為すに非ざるなり、仲父年長ず、寡人と雖も亦た衰えたり、吾一朝仲父を安んぜんことを願う」と。對えて曰く、「臣聞く壯者は怠る無く、老者は偷む無く、天の道に順えば、必ず善を以て終わる者なりと。三王の之を失うや、一朝の萃に非ず、君奈何ぞ其れ偷まんや」と。管仲走り出づ、君賓客の禮を以て再拜して之を送る。
現代語訳
公はあわてて堂を下りて言った、私はあえて自分が身を慎んだと言うのではない。仲父は年をとられた。私もまた衰えている。ひととき仲父を安らがせたかったのだ。答えて言った、私はこう聞いています。壮んな者は怠らず、老いた者は手を抜かず、天の道に従えば、必ず善く終わるものだ、と。三王が失ったのも、一朝一夕に積もったものではありません。君はどうして手を抜かれるのですか。管仲は走り出た。君は賓客の礼をもって再拝して送った。
解説
桓公の弁解が人間的です。年を取ったのだから、ひととき安らがせたかった。それに対する管仲の答えが厳しい。老いた者は手を抜かない、と。そして三王が失ったのも一朝一夕ではないと付け加えます。年齢を理由にゆるめる、その一度の積み重ねを見ていました。それでも桓公は怒らず、賓客の礼で送ります。この二人の関係がよく出た場面です。
この章句が説くこと
仲父年長ず寡人と雖も亦た衰えたり吾一朝仲父を安んぜんことを願う壮者は怠る無く老者は偸む無し壮者は怠る無く老者は偷む無し天の道に順えば必ず善を以て終わる者なり三王の之を失うや一朝の萃に非ず老い
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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。

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