管子 / 大匡
五年,諸侯附,狄人伐。桓公告諸侯曰:「請救伐。」諸侯許諾。大侯車二百乘,卒二千人;小侯車百乘,卒千人,諸侯皆許諾。齊車千乘,卒先致縁陵,戰於後故,敗狄。其車甲與貨,小侯受之。大侯近者,以其縣分之,不踐其國。
新字:五年,諸侯附,狄人伐。桓公告諸侯曰:「請救伐。」諸侯許諾。大侯車二百乗,卒二千人;小侯車百乗,卒千人,諸侯皆許諾。斉車千乗,卒先致縁陵,戦於後故,敗狄。其車甲与貨,小侯受之。大侯近者,以其県分之,不践其国。
書き下し
五年、諸侯附き、狄人伐つ。桓公諸侯に告げて曰く、「請う伐を救わん」と。諸侯許諾す。大侯は車二百乘、卒二千人。小侯は車百乘、卒千人、諸侯皆許諾す。齊は車千乘、卒先ず縁陵に致し、後故に戰い、狄を敗る。其の車甲と貨とは、小侯之を受く。大侯の近き者は、其の縣を以て之を分かち、其の國を踐まず。
現代語訳
五年、諸侯が従い、狄人が攻めてきた。桓公が諸侯に告げた、攻められている国を救おう。諸侯は承知した。大きな諸侯は車二百乗と兵二千人、小さな諸侯は車百乗と兵千人。諸侯はみな承知した。斉は車千乗を出し、兵をまず縁陵に送り、後方で戦って狄を破った。その車と甲と財貨は、小さな諸侯が受け取った。大きな諸侯で近い者には、その県を分けて与え、その国には踏み入らなかった。
解説
連合軍の分担が数字で書かれた短い段です。大国は二百乗、小国は百乗。斉は千乗を出しました。読みどころは戦後の分け方でしょう。奪った車も甲も財貨も、小さな諸侯に受け取らせる。いちばん多く出した斉が、いちばん取らない。そして近い大国の国には踏み入らない。負担と取り分を逆にすることが、翌年からの結束につながっていきます。
この章句が説くこと
大侯は車二百乗卒二千人小侯は車百乗卒千人斉は車千乗卒先ず縁陵に致し其の車甲と貨とは小侯之を受く大侯の近き者は其の県を以て之を分かち其の国を践まず連合分担
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『管子』大匡北州の侯來たる莫し、桓公南州の侯に召陵に遇いて曰く、「狄無道を為し、天子の令を犯し、以て小國を伐つ。天子の故を以て、天の命を敬い、令して以て伐たるるを救う。北州の侯至る莫し、上は天子の令を聽かず、下は諸侯に禮無し、寡人請う北州の侯を誅せん」と。諸侯許諾す。桓公乃ち北のかた令支を伐ち、鳬の山を下し、孤竹を斬り、山戎に遇う。顧みて管仲に問いて曰く、「將に何をか行わん」と。管仲對えて曰く、「君諸侯に教えて民の為に食を聚めしめ、諸侯の兵足らざる者は、君之が發を助けよ、此くの如くんば則ち始めて以て政を加う可し」と。
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『管子』大匡四年、兵を修め、同甲十萬、車五十乘。管仲に謂いて曰く、「吾が士既に練れ、吾が兵既に多し、寡人魯を服せんと欲す」と。管仲喟然として嘆じて曰く、「齊國危うし、君德を競わずして、兵を競う。天下の國、帶甲十萬なる者鮮なからず。吾小兵を發して以て大兵を服せんと欲す、内には吾が衆を失う。諸侯備えを設け、吾が人詐を設く、國危うき無からんと欲するも、得已めんや」と。公聽かず、果たして魯を伐つ。魯敢えて戰わず、國を去ること五十里にして之が關を為す。魯關内に比するを請い、以て齊に從い、齊も亦た復た魯を侵す毋し。桓公許諾す。
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『管子』大匡歳を卒えて、呉人穀を伐つ。桓公諸侯に告ぐること未だ徧からずして、諸侯の師竭く至り、以て桓公を待つ。桓公車千乘を以て諸侯と竟に會す、都師未だ至らずして、呉人逃げ、諸侯皆罷む。桓公歸り、管仲に問いて曰く、「將に何をか行わん」と。管仲曰く、「以て政を加う可し」と。曰く、「今より以往二年、適子孝を聞かず、其の弟を愛するを聞かず、老を敬い國良なるを聞かず、三つの者一つも焉れ無くんば、誅す可きなり。諸侯の臣國事に及びて、三年善を聞かずんば、罰す可きなり。君に過ち有りて大夫諫めず、士庶人に善有りて大夫進めざれば、罰す可きなり。士庶人之を吏に聞き、賢孝悌なれば賞す可きなり」と。桓公受けて之を行う、近侯事を請わざる莫し。兵車の會六たび、乘車の會三たび、國を饗くること四十有二年。
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『管子』小匡四鄰大いに親しむ。既に其の侵地を反し、其の封疆を正す、地は南は岱陰に至り、西は濟に至り、北は海に至り、東は紀隨に至る、地は方三百六十里。三歳にして治定まり、四歳にして教成り、五歳にして兵出づ、教士三萬人、革車八百乘有り。諸侯多く沈亂して、天子に服せず、是に於いてか桓公東のかた徐州を救い、吳を分かつこと半ば、魯の蔡陵を存し、越の地を割く。南は宋・鄭に據り、楚を征伐し、汝水を濟り、方地を踰え、文山を望み、絲を周室に貢せしめ、成周胙を隆嶽に反し、荊州の諸侯、來たり服せざる莫し。中は晉公を救い、狄王を禽にし、胡貉を敗り、屠何を破りて、騎寇始めて服す。北のかた山戎を伐ち、泠支を制し、孤竹を斬りて、九夷始めて聽く。海濱の諸侯、來たり服せざる莫し。西のかた征し、白狄の地を攘い、遂に西河に至る。舟を方べ柎を投じ、桴に乘りて河を濟る。石沈に至り、車を縣け馬を束ね、大行を踰ゆ。卑耳の貉と、秦夏を拘う。西のかた流沙西虞を服して、秦戎始めて從う。故に兵一たび出でて大功十二。故に東夷・西戎・南蠻・北狄・中諸侯、國として賓服せざる莫し。
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『管子』大匡三年、桓公將に魯を伐たんとして曰く、「魯は寡人に近し、是に於いて其の宋を救うや疾し、寡人且に焉を誅せんとす」と。管仲曰く、「不可なり。臣聞く土を有つの君、兵に勤めず、辱に忌まず、其の過を輔けざれば、則ち社稷安し。兵に勤め、辱に忌み、其の過を輔くれば、則ち社稷危うしと」。公聽かず、師を興して魯を伐つ。長勺に造る、魯の莊公師を興して之を逆え、大いに之を敗る。桓公曰く、「吾が兵猶お尚お少なし、吾參たび之を圍まば、安んぞ能く我を圉がん」と。
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