管子 / 大匡
四年,修兵,同甲十萬,車五十乘。謂管仲曰:「吾士既練,吾兵既多,寡人欲服魯。」管仲喟然嘆曰:「齊國危矣,君不競於徳,而競於兵!天下之國,帶甲十萬者不鮮矣。吾欲發小兵以服大兵,内失吾衆。諸侯設備,吾人設詐,國欲無危,得已乎?」公不聴,果伐魯。魯不敢戰,去國五十里而為之闗。魯請比於闗内,以從于齊,齊亦毋復侵魯。桓公許諾。
新字:四年,修兵,同甲十万,車五十乗。謂管仲曰:「吾士既練,吾兵既多,寡人欲服魯。」管仲喟然嘆曰:「斉国危矣,君不競於徳,而競於兵!天下之国,帯甲十万者不鮮矣。吾欲発小兵以服大兵,内失吾衆。諸侯設備,吾人設詐,国欲無危,得已乎?」公不聴,果伐魯。魯不敢戦,去国五十里而為之関。魯請比於関内,以従于斉,斉亦毋復侵魯。桓公許諾。
書き下し
四年、兵を修め、同甲十萬、車五十乘。管仲に謂いて曰く、「吾が士既に練れ、吾が兵既に多し、寡人魯を服せんと欲す」と。管仲喟然として嘆じて曰く、「齊國危うし、君德を競わずして、兵を競う。天下の國、帶甲十萬なる者鮮なからず。吾小兵を發して以て大兵を服せんと欲す、内には吾が衆を失う。諸侯備えを設け、吾が人詐を設く、國危うき無からんと欲するも、得已めんや」と。公聽かず、果たして魯を伐つ。魯敢えて戰わず、國を去ること五十里にして之が關を為す。魯關内に比するを請い、以て齊に從い、齊も亦た復た魯を侵す毋し。桓公許諾す。
現代語訳
四年、軍備を整え、そろいの甲十万、車五十乗となった。管仲に言った、我が士はすでに練れ、我が兵はすでに多い。私は魯を服させたい。管仲は深くため息をついて言った、斉国は危うい。君は徳を競わずに兵を競っておられる。天下の国で、甲十万を帯びる国は少なくありません。我々が小さな兵を出して大きな兵を服させようとすれば、内では民を失います。諸侯は備えを設け、我が民は偽りを設ける。国が危うくないことを望んでも、できましょうか。公は聞かず、結局魯を討った。魯はあえて戦わず、国から五十里退いてそこに関を置いた。魯は関の内に属する形で斉に従い、斉も二度と魯を侵さないこととした。桓公は承知した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
福翁自伝・王政維新・幕府の攘夷主義(2)是等の事実を見ても、井伊大老は真実間違いもない徳川家の譜代、豪勇無二の忠臣ではあるが、開鎖の議論に至ては、真闇な攘実家と云うより外に評論はない。唯その徳川が開国であると云うのは、外国交際の衝に当て居るから余儀なく渋々開国論に従て居た丈けの話で、一幕捲て正味の楽屋を見たらば大変な攘夷藩だ。こんな政府に私が同情を表することが出来ないと云うのも無理はなかろう。先ずその時の徳川政府の頑固な一例を申せば斯う云うことがある。私がチエーンバーの経済論を一冊持て居て、何か話の序に御勘定方の有力な人、即ち今で申せば大蔵省中の重要の職に居る人にその経済書の事を語ると、大造悦んで、ドウか目録だけでも宜いから是非見たいと所望するから、早速飜訳する中に、コンペチションと云う原語に出遭い、色々考えた末、競争と云う訳字を造り出して之に当箝め、前後二十条ばかりの目録を飜訳して之を見せた所が、その人が之を見て頻りに感心して居たようだが、「イヤ茲に争と云う字がある、ドウも是れが穏かでない、どんな事であるか。「どんな事ッて是れは何も珍らしいことはない、日本の商人のして居る通り、隣で物を安く売ると云えば此方の店ではソレよりも安くしよう、又甲の商人が品物を宜くすると云えば、乙はソレよりも一層宜くして客を呼ぼうと斯う云うので、又或る金貸が利息を下げれば、隣の金貸も割合を安くして店の繁昌を謀ると云うような事で、互に競い争うて、ソレで以てちゃんと物価も定まれば金利も極まる、之を名けて競争と云うので御座る。「成程、爾うか、西洋の流儀はキツイものだね。「何もキツイ事はない、ソレで都て商売世界の大本が定まるのである。
-
福翁自伝・王政維新・幕府の攘夷主義(3)「成程、爾う云えば分らないことはないが、何分ドウも争と云う文字が穏かならぬ。是れではドウモ御老中方へ御覧に入れることが出来ないと、妙な事を云うその様子を見るに、経済書中に人間互に相譲るとか云うような文字が見たいのであろう。例えば商売をしながらも忠君愛国、国家の為めには無代価でも売るとか云うような意味が記してあったらば気に入るであろうが、夫れは出来ないから、「ドウも争と云う字が御差支ならば、外に飜訳の致しようもないから、丸で是れは削りましょうと云て、競争の文字を真黒に消して目録書を渡したことがある。この一事でも幕府全体の気風は推察が出来ましょう。夫れから又長州征伐のとき外国人は中々注意して居て、或時英人であったか米人であったか幕府に書翰を出し、長州の大名にドウ云う罪があって征伐するのだろうか、ソレを承りたいと云て来た。爾うするとその時の閣老役人達がいろ/\評議をしたと見え、長々と返辞を遣たその返辞の中に、開鎖論と云うことを頓と云わない。当りまえならば国を開いた今日、長州の大名は政府の命令を奉ぜずに外国人を敵視するとか、下ノ関で外国の船艦に発砲したからとか云いそうなものであるに、ソンな事は一言半句も云わないで、イヤどうも京都に暴れ込んだとか、或は勅命に戻り台命に背き、その罪南山の竹を尽すも数えがたしと云うような、漢学者流の文句をゴテ/″\書て遣た。私はその返辞を見て、コリャどうも仕様がない、表面には開国を装うて居るも、幕府は真実自分も攘夷が為たくて堪らないのだ、迚もモウ手の着けようのない政府だと、実に愛想が尽きて同情を表する気がない。
-
『論語と算盤』実業と士道・此の如き誤解あり由来競争は何物にも伴うもので、その最も激烈を極むるものは競馬とか競漕とかいう場合である。その他朝起きるにも競争がある。読書するにも競争がある。また徳の高い人が徳の低い人から尊重されるにも、それぞれ競争がある。けれどもこれら後の方のものにおいては、あまり激烈なものは認めない。しかるに競馬競漕となると、命を懸けても構わないというほどになる。自己の財産を増すについてもこれと同様で、激烈なる競争の念を起こし、彼よりも我に財産の多からんことを欲する。その極、道義の観念も打ち忘れて、いわゆる目的のためには手段を択ばぬというようにもなる。すなわち同僚を誤り、他人を毀ち、あるいは大いに自己を腐敗する。古語に「富をなせば仁ならず」というのも、畢竟そういう所から出た言葉であろう。アリストートルは「すべての商売は罪悪なり」と言っているそうであるが、それはいまだ人文の開けぬ時代のことで、いかに大哲学者の申し分とあっても、真面目には受け取れない。しかし孟子も「富をなせば仁ならず、仁をなせば富まず」と言っているから、等しく味わうべき言葉である。
-
人物志・七繆是の故に、直者は性奮ひ、人の直を人に行ふを好めども、人の訐きを受くること能はず。尽者は情露はれ、人の尽くすを人に行ふを好めども、人の径を納るること能はず。名を務むる者は人の進趨の人に過ぐるを楽しめども、己を陵ぐものの後に出づること能はず。是の故に、性同じくして材傾けば、則ち相援けて相頼るなり。性同じくして勢均しければ、則ち相競ひて相害ふなり。此れ又同体の変なり。故に或いは直を助けて直を毀り、或いは明に与して明を毀る。而るに衆人の察は、其の律理を弁ぜず。是れ体同に嫌ふ者なり。夫れ人の処る所は勢を異にし、勢に申圧有り。
-
史記 平原君虞卿列伝是の時、斉に孟嘗有り、魏に信陵有り、楚に春申有り、故に争ひて相傾けて以て士を待す。
-
老子・第3章賢を尚ばざれば、民をして争わざらしむ。得難きの貨を貴ばざれば、民をして盗を為さざらしむ。欲すべきを見さざれば、民の心をして乱れざらしむ。是を以て聖人の治は、其の心を虚しくし、其の腹を実たし、其の志を弱くし、其の骨を強くす。常に民をして無知無欲ならしめ、夫の智者をして敢えて為さざらしむ。無為を為せば、則ち治まらざる無し。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る