管子 / 大匡
五年,宋伐杞。桓公謂管仲與鮑叔曰:「夫宋,寡人固欲伐之,無若諸侯何!夫杞,明王之後也。今宋伐之,予欲救之,其可乎?」管仲對曰:「不可。臣聞内政之不修,外舉義不信。君將外舉義,以行先之,則諸侯可令附。」桓公曰:「於此不救,後無以伐宋。」管仲曰:「諸侯之君,不貪於土。貪於土必勤於兵,勤於兵必病於民,民病則多詐。夫詐,密而後動者勝,詐則不信於民。夫不信於民則亂内動,則危於身。是以古之人聞先王之道者,不競於兵。」
新字:五年,宋伐杞。桓公謂管仲与鮑叔曰:「夫宋,寡人固欲伐之,無若諸侯何!夫杞,明王之後也。今宋伐之,予欲救之,其可乎?」管仲対曰:「不可。臣聞内政之不修,外舉義不信。君将外舉義,以行先之,則諸侯可令附。」桓公曰:「於此不救,後無以伐宋。」管仲曰:「諸侯之君,不貪於土。貪於土必勤於兵,勤於兵必病於民,民病則多詐。夫詐,密而後動者勝,詐則不信於民。夫不信於民則乱内動,則危於身。是以古之人聞先王之道者,不競於兵。」
書き下し
五年、宋杞を伐つ。桓公管仲と鮑叔とに謂いて曰く、「夫れ宋は、寡人固より之を伐たんと欲す、諸侯を若何ともする無し。夫れ杞は、明王の後なり。今宋之を伐つ、予之を救わんと欲す、其れ可なるか」と。管仲對えて曰く、「不可なり。臣聞く内政の修まらざれば、外義を舉ぐるも信ぜられずと。君將に外義を舉げんとせば、行を以て之に先んぜば、則ち諸侯附かしむ可し」と。桓公曰く、「此に於いて救わずんば、後宋を伐つに以てする無し」と。管仲曰く、「諸侯の君は、土を貪らず。土を貪れば必ず兵に勤む、兵に勤むれば必ず民を病ましむ、民病めば則ち詐多し。夫れ詐は、密にして而る後に動く者勝つ、詐れば則ち民に信ぜられず。夫れ民に信ぜられざれば則ち亂内に動く、則ち身に危うし。是を以て古の人の先王の道を聞く者は、兵を競わず」と。
現代語訳
五年、宋が杞を討った。桓公が管仲と鮑叔に言った、宋はもともと私が討ちたい相手だ。だが諸侯の手前どうしようもない。杞は明王の子孫である。いま宋がこれを討っている。私は救いたいが、よいだろうか。管仲が答えた、いけません。私が聞くところ、内政が整わなければ、外で義を挙げても信じられません。君が外で義を挙げようとするなら、まず自分の行いで先に立てば、諸侯を従わせられます。桓公が言った、ここで救わなければ、あとで宋を討つ口実がない。管仲が言った、諸侯の君は土地を貪りません。土地を貪れば必ず兵にのめり込み、兵にのめり込めば必ず民を疲れさせ、民が疲れれば偽りが多くなる。偽りというものは、ひそかにして後から動く者が勝つ。偽れば民に信じられない。民に信じられなければ乱が内で動き、身が危うくなる。だから昔の人で先王の道を聞いた者は、兵を競わなかったのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』大匡異日、公管仲に告げて曰く、「諸侯の間事無きを以て、小しく兵革を修めんと欲す」と。管仲曰く、「不可なり。百姓病めり、公先ず百姓に與えて其の兵を藏めよ。其の兵に厚きよりは、人に厚きに如かず。齊國の社稷未だ定まらず、公未だ人に始めずして兵に始む、外は諸侯に親しまれず、内は民に親しまれず」と。公曰く、「諾」と。政未だ行う有る能わず、二年、桓公彌々亂れ、又た管仲に告げて曰く、「兵を繕わんと欲す」と。管仲又た曰く、「不可なり」と。公聽かず、果たして兵を為す。桓公宋の夫人と船中に飲む、夫人船を蕩かして公を懼れしむ、公怒りて、之を出だす。宋受けて之を蔡侯に嫁せしむ。明年、公怒りて、管仲に告げて曰く、「宋を伐たんと欲す」と。管仲曰く、「不可なり。臣聞く内政修まらざれば、外事を舉ぐるも濟らずと」。公聽かず、果たして宋を伐つ。諸侯兵を興して宋を救い、大いに齊師を敗る。
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『管子』大匡三年、桓公將に魯を伐たんとして曰く、「魯は寡人に近し、是に於いて其の宋を救うや疾し、寡人且に焉を誅せんとす」と。管仲曰く、「不可なり。臣聞く土を有つの君、兵に勤めず、辱に忌まず、其の過を輔けざれば、則ち社稷安し。兵に勤め、辱に忌み、其の過を輔くれば、則ち社稷危うしと」。公聽かず、師を興して魯を伐つ。長勺に造る、魯の莊公師を興して之を逆え、大いに之を敗る。桓公曰く、「吾が兵猶お尚お少なし、吾參たび之を圍まば、安んぞ能く我を圉がん」と。
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『管子』大匡桓公曰く、「然らば則ち奚若」と。管仲對えて曰く、「臣を以てせば則ち不可なり、而して人をして重幣を以て之に使いせしめよ。之に使いして不可ならば、君受けて之を封ぜよ」と。桓公鮑叔に問いて曰く、「奚若」と。鮑叔曰く、「公夷吾の言を行え」と。公乃ち曹孫宿に命じて宋に使いせしむ、宋聽かず、果たして杞を伐つ。桓公縁陵を築きて以て之を封じ、車百乘、甲一千を予う。明年、狄人邢を伐つ、邢君出でて齊に致す。桓公夷儀を築きて以て之を封じ、車百乘、卒千人を予う。明年、狄人衛を伐つ、衛君出でて虛に致す、桓公且に之を封ぜんとす。隰朋・賓胥無諫めて曰く、「不可なり。三國の亡ぶる所以の者は、絕ゆるに小を以てす。今君亡國を封ぜんことを蘄う、國盡きなば若何」と。桓公管仲に問いて曰く、「奚若」と。管仲曰く、「君に行うの名有り、安んぞ其の實を有つを得んや。君其れ行え」と。公又た鮑叔に問う、鮑叔曰く、「君夷吾の言を行え」と。桓公楚丘を築きて以て之を封じ、車三百乘、甲五千を與う。
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『管子』霸形是に於いて桓公管仲を召して曰く、「寡人之を聞く、人を善くする者は、人も亦た之を善くすと。今楚王の寡人を善くすること一に甚だし、寡人善くせざれば、將に道に拂わんとす、仲父何ぞ遂に楚に交わらざるや」と。管子對えて曰く、「不可なり。楚人宋・鄭を攻め、燒焫熯焚して鄭の地をし、城の壞るる者をして復た築くを得ざらしめ、屋の燒くる者をして復た葺くを得ざらしむ。人をして雌雄を喪う有らしめ、居室鳥鼠の穴に處るが如し。宋の田を要し兩川を夾み塞ぎ、水をして東流するを得ざらしむ、東山の西、水深くして垝を滅ぼし、四百里にして而る後に田す可きなり。楚宋・鄭を吞まんと欲し、人衆く兵彊くして能く己を害する者を思うに必ず齊なりと。是れ文を以て齊に克ちて、武を以て宋・鄭を取らんと欲するなり。楚宋・鄭を取りて禁ずるを知らざれば、是れ宋・鄭を失うなり。之を禁ずれば則ち是れ又た楚に信ならざるなり。知内に失し、兵外に困しむ、善舉に非ざるなり」と。
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『管子』大匡公怒り、歸りて管仲に告げて曰く、「請う兵革を修めん。吾が士練らず、吾が兵實たず、諸侯故に敢えて吾が讎を救う。内に兵革を修めん」と。管仲曰く、「不可なり。齊國危うし。内には民用を奪い、士は勇に勸みて外にす、亂の本なり。外には諸侯を犯す、民怨み多し。義を為すの士、齊國に入らず、安んぞ危うき無きを得んや」と。鮑叔曰く、「公必ず夷吾の言を用いよ」と。公聽かず、乃ち四封の内に令して兵を修め、關市の征之を侈にす。公乃ち遂に用いて勇を以て禄を授く。鮑叔管仲に謂いて曰く、「異日者、公子に霸を許す、今國彌々亂る、子將に何如せんとす」と。管仲曰く、「吾が君は惕なり、其の智誨多し。姑く少しく胥て、其れ自ら及ばん」と。鮑叔曰く、「其の自ら及ぶに比べば、國闕亡無からんや」と。管仲曰く、「未だし。國中の政、夷吾尚お微かに為す、焉んぞ亂れんや。尚お以て待つ可し。外諸侯の佐、既に吾二人の者有る無し、未だ敢えて我を犯す者有らず」と。明年、朝に禄を爭いて相刺し、領を裚ちて頸を刎ぬる者絕えず。鮑叔管仲に謂いて曰く、「國に死者衆し、乃ち害無からんや」と。管仲曰く、「安んぞ已むを得んや。此れ皆な其の貪民なり。夷吾の患うる所の者は、諸侯の義を為す者肯えて齊に入る莫く、齊の義を為す者肯えて仕えざるなり。此れ夷吾の患うる所なり。若し夫れ死者は、吾安んぞ用いて之を愛しまんや」と。公又た内に兵を修む。
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『管子』大匡四年、兵を修め、同甲十萬、車五十乘。管仲に謂いて曰く、「吾が士既に練れ、吾が兵既に多し、寡人魯を服せんと欲す」と。管仲喟然として嘆じて曰く、「齊國危うし、君德を競わずして、兵を競う。天下の國、帶甲十萬なる者鮮なからず。吾小兵を發して以て大兵を服せんと欲す、内には吾が衆を失う。諸侯備えを設け、吾が人詐を設く、國危うき無からんと欲するも、得已めんや」と。公聽かず、果たして魯を伐つ。魯敢えて戰わず、國を去ること五十里にして之が關を為す。魯關内に比するを請い、以て齊に從い、齊も亦た復た魯を侵す毋し。桓公許諾す。