管子 / 大匡
桓公二年,踐位召管仲。管仲至,公問曰:「社稷可定乎?」管仲對曰:「君霸王,社稷定。君不覇王,社稷不定。」公曰:「吾不敢至於此其大也,定社稷而已。」管仲又請,君曰:「不能。」管仲辭於君曰:「君免臣於死,臣之幸也。然臣之不死糺也,為欲定社稷也。社稷不定,臣禄齊國之政而不死糺也,臣不敢。」乃走出。至門,公召管仲。管仲反,公汗出曰:「勿已,其勉霸乎!」管仲再拜稽首而起,曰:「今日君成霸,臣貪承命。」趨立於相位,乃令五官行事。
新字:桓公二年,践位召管仲。管仲至,公問曰:「社稷可定乎?」管仲対曰:「君覇王,社稷定。君不覇王,社稷不定。」公曰:「吾不敢至於此其大也,定社稷而已。」管仲又請,君曰:「不能。」管仲辞於君曰:「君免臣於死,臣之幸也。然臣之不死糺也,為欲定社稷也。社稷不定,臣禄斉国之政而不死糺也,臣不敢。」乃走出。至門,公召管仲。管仲反,公汗出曰:「勿已,其勉覇乎!」管仲再拝稽首而起,曰:「今日君成覇,臣貪承命。」趨立於相位,乃令五官行事。
書き下し
桓公二年、位に踐みて管仲を召す。管仲至り、公問いて曰く、「社稷定む可きか」と。管仲對えて曰く、「君霸王たらば、社稷定まる。君霸王たらずんば、社稷定まらず」と。公曰く、「吾敢えて此の其の大なるに至らず、社稷を定むるのみ」と。管仲又た請う、君曰く、「能わず」と。管仲君に辭して曰く、「君臣を死より免るるは、臣の幸いなり。然れども臣の糺に死せざるは、社稷を定めんと欲するが為なり。社稷定まらずして、臣齊國の政に禄して糺に死せざるは、臣敢えてせず」と。乃ち走り出づ。門に至り、公管仲を召す。管仲反る、公汗出でて曰く、「已む勿かれ、其れ霸を勉めんか」と。管仲再拜稽首して起ち、曰く、「今日君霸を成す、臣貪りて命を承く」と。趨りて相位に立ち、乃ち五官に令して事を行わしむ。
現代語訳
桓公二年、位についてから管仲を召した。管仲が到着すると、公が問うた、社稷は定められるか。管仲が答えた、君が覇王となれば社稷は定まります。覇王とならなければ定まりません。公が言った、私はそこまで大きなことは望まない。社稷を定めるだけでよい。管仲がまた願い出た。君は言った、できない。管仲は君に別れを告げて言った、君が私を死から免れさせてくださったのは、私の幸いです。しかし私が糺に殉じなかったのは、社稷を定めたいからでした。社稷が定まらないのに、私が斉国の政で禄を得て、しかも糺に殉じなかったとあっては、私にはできません。そして走り出た。門まで来たとき、公が管仲を召した。管仲が戻ると、公は汗を流して言った、やめないでくれ、覇に励もう。管仲は再拝稽首して立ち上がり、言った、今日、君は覇を成されました。臣は貪るようにして命を承ります。そして小走りに相の位に立ち、五官に令して事を行わせた。
解説
この章句が説くこと
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