管子 / 大匡
五月,襄公田于貝丘,見豕彘。從者曰:「公子彭生也。」公怒曰:「公子彭生安敢見!」射之,豕人立而啼。公懼,墜于車下,傷足亡屨。反,誅屨於徒人費,不得也,鞭之見血。費走而出,遇賊於門,脅而束之。費袒而示之背,賊信之,使費先入,伏公而出,鬭,死于門中。石之紛如死于階下。孟陽代君寢于牀,賊殺之,曰:「非君也,不類。」見公之足于户下,遂殺公,而立公孫無知也。
新字:五月,襄公田于貝丘,見豕彘。従者曰:「公子彭生也。」公怒曰:「公子彭生安敢見!」射之,豕人立而啼。公懼,墜于車下,傷足亡屨。反,誅屨於徒人費,不得也,鞭之見血。費走而出,遇賊於門,脅而束之。費袒而示之背,賊信之,使費先入,伏公而出,闘,死于門中。石之紛如死于階下。孟陽代君寝于牀,賊殺之,曰:「非君也,不類。」見公之足于戸下,遂殺公,而立公孫無知也。
書き下し
五月、襄公貝丘に田し、豕彘を見る。從者曰く、「公子彭生なり」と。公怒りて曰く、「公子彭生安んぞ敢えて見えんや」と。之を射るに、豕人のごとく立ちて啼く。公懼れ、車下に墜ち、足を傷つけ屨を亡う。反りて、屨を徒人費に誅むるも、得ざるなり、之を鞭うちて血を見る。費走りて出で、賊に門に遇い、脅かされて之を束ぬ。費袒して之に背を示す、賊之を信じ、費をして先ず入らしむ、公を伏せて出で、鬭いて門中に死す。石之紛如、階下に死す。孟陽君に代わりて牀に寢ぬ、賊之を殺して曰く、「君に非ず、類せず」と。公の足を戶下に見て、遂に公を殺して、公孫無知を立つるなり。
現代語訳
五月、襄公が貝丘で狩りをして、大きな猪を見た。従者が言った、公子彭生です。公は怒って言った、公子彭生がどうして現れられよう。射たところ、猪は人のように立って泣いた。公は懼れ、車から落ちて足を傷つけ、履物をなくした。帰って、その履物のことを下役の費に責めたが、見つからず、鞭で打って血を出させた。費は走って出たところ、門で賊に出会い、脅されて縛られた。費は肌脱ぎになって背中を見せた。賊はそれを信じ、費を先に入らせた。費は公を隠して出て、戦って門の中で死んだ。石之紛如は階段の下で死んだ。孟陽が君の代わりに寝台に寝ていた。賊はこれを殺して言った、君ではない、似ていない。公の足が戸の下に見えたので、そのまま公を殺し、公孫無知を立てた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『晏子春秋』諫下・景公欲厚葬梁丘據晏子諫梁丘据死し、景公晏子を召して之に告げて曰く、「据は忠にして且つ我を愛す、我其の葬を豊厚にし、其の壟を高大にせんと欲す」と。晏子曰く、「敢えて問う、据の君に忠と愛なる者、聞くを得可きか」と。公曰く、「吾玩好に喜ぶ有り、有司未だ我に共する能わざれば、則ち据其の有する所を以て我に共す、吾是を以て其の忠を知るなり。風雨有る毎に、暮夜之を求むれば必ず存す、吾是を以て其の愛を知るなり」と。晏子曰く、「嬰対うれば則ち罪と為り、対えざれば則ち以て君に事うる無し、敢えて対えざらんや。嬰之を聞く、臣其の君を専らにするを、之を不忠と謂い、子其の父を専らにするを、之を不孝と謂い、妻其の夫を専らにするを、之を嫉妒と謂う。君に事うるの道は、君を導きて父兄に親しましめ、群臣に礼有らしめ、百姓に恵み有らしめ、諸侯に信有らしむる、之を忠と謂う。子たるの道は、父を導きて其の兄弟を鍾愛せしめ、諸父に施行し、衆子に慈恵し、朋友に誠信なる、之を孝と謂う。妻たるの道は、其の衆妾をして皆な其の夫に歓忻するを得しむる、之を不嫉と謂う。今四封の民は、皆君の臣なり、而るに維れ据のみ力を尽くして以て君を愛す、何ぞ愛する者の少なきや。四封の貨は、皆君の有なり、而るに維れ据のみ其の私財を以て君に忠なり、何ぞ忠なる者の寡なきや。据の群臣を防塞し、君を壅蔽すること、乃ち甚だしからずや」と。公曰く、「善いかな、子微かりせば、寡人据の是に至るを知らざりき」と。遂に壟を為るの役を罷め、厚葬の令を廃し、有司をして法に据りて責めしむ。群臣過ちを陳べて諫め、故に官に廃法無く、臣に隠忠無く、而して百姓大いに説ぶ。
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『不動智神妙録』諫言 其一 忠を尽くす忠を尽くすといふは、先づ我心を正くし身を治め、毛頭君に二心なく、人を恨み咎めず、日々に出仕怠らず、一家に於ては父母に能く孝を尽し、夫婦の間少しも猥になく、礼義正しく妾婦を愛せず、色の道を絶ち、父母の間おごそかに道を以てし、下を使ふに私のへだてなく、善人を用ゐ近付け、我足らざる所を諫め、御国の政を正敷し、不善人を遠ざくる様にするときは、善人は日々に進み、不善人もおのづから主人の善を好む所に化せられ、悪を去り善に遷るなり、
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『童子問』卷中忠を問ふ。曰く、古今忠臣と称する者、其の品一ならず。感激して身を殺す者、有り。程嬰・杵臼・荊軻・豫譲・紀信の流の若き、是れなり。其の君有るを知りて、其の身有るを知らざる者、有り。令尹子文の如き、是れなり。艱険を避けずして、以て其の君を済ふ者、有り。狄仁傑・婁師徳の如き、是れなり。至誠君を愛し、善を以て之に勧め、道を以て之を輔くる者、有り。伊尹・周公の聖に非ざれば、以て之に当たるに足らず。奚ぞ感激して身を殺す者の多くして、道を以て君に事ふる者の寡なきや。蓋し感激して身を殺すは、一旦の義に出づ。故に難きに似て、実は易し。道を以て君に事ふる者は、躬ら其の徳有りて、始終其の道を失はざる者に非ざれば、能はず。故に易きに似て、実は難し。
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言志四録・言志耋録 第百八十七条 忠は己に責め恕は人に施す忠の字は、宜しく己に責むべし。諸を人に責むること勿れ。恕の字は、宜しく人に施すべし。諸を己に施すこと勿れ。
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葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
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『都鄙問答』卷之一・武士ノ道ヲ問ノ段或ひと問ひて曰く、我が世忰、今度武家方へ奉公に出だし申し候。士の道、如何申しきかせ然るべく候や。答ふ、我農圃に生まれ、武の事委しからずといへども、書物にて見たる上を以て告ぐべし。先づ君に事ふる者は、凡て臣と云ふ。臣は牽なりと註し、心常に君に牽かるるなり。又世間、君より奉禄を得んが為に、牽かるる如くに見ゆる者あり。子曰く、鄙夫は与に君に事ふべけんや。其の未だ之を得ざるや、之を得んことを患ふ。既に之を得れば之を失はんことを患ふ。苟くも之を失はんことを患ふれば、至らざる所無し、と。毫釐ほども、禄をのぞむに心あらば、君を害ふ本となるべし。古より不忠をなす者は、禄を貪る心よりなす所なり。臣の君に牽かれし道を見んとならば、舜の堯王に事へ、伊尹の湯王太甲に事へ、周公旦は武王成王に事へ玉ふを見るべし。今君に仕ふる者も、欲心を離れ、古人を見て法を取るべし。其の外般の王子比干、これ等の旁は、皆義を尽くして、心常に君に牽かれ玉ひ、今に至りて臣を正す法となり玉ふ。

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