管子 / 大匡
召忽曰:「不可。吾三人者之於齊國也,譬之猶鼎之有足也,去一焉則必不立矣。吾觀小白必不為後矣。」管仲曰:「不然也。夫國人憎惡糺之母,以及糺之身,而憐小白之無母也。諸兒長而賤,事未可知也。夫所以定齊國者,非此二公子者,將無己也。小白之為人,無小智,惕而有大慮。非夷吾莫容小白,天不幸降禍加殃于齊,糺雖得立,事將不濟。非子定社稷,其將誰也?」召忽曰:「百嵗之後,吾君卜世,犯吾君命而廢吾所立,奪吾糺也,雖得天下,吾不生也,兄與我齊國之政也。受君令而不改,奉所立而不濟,是吾義也。」管仲曰:「夷吾之為君臣也,將承君命,奉社稷以持宗廟,豈死一糺哉!夷吾之所死者,社稷破,宗廟滅,祭祀絶,則夷吾死之。非此三者,則夷吾生。夷吾生則齊國利,夷吾死則齊國不利。」鮑叔曰:「然則奈何?」管子曰:「子出奉令則可。」鮑叔許諾,乃出奉令,遂傅小白。
新字:召忽曰:「不可。吾三人者之於斉国也,譬之猶鼎之有足也,去一焉則必不立矣。吾観小白必不為後矣。」管仲曰:「不然也。夫国人憎悪糺之母,以及糺之身,而憐小白之無母也。諸児長而賤,事未可知也。夫所以定斉国者,非此二公子者,将無己也。小白之為人,無小智,惕而有大慮。非夷吾莫容小白,天不幸降禍加殃于斉,糺雖得立,事将不済。非子定社稷,其将誰也?」召忽曰:「百歳之後,吾君卜世,犯吾君命而廃吾所立,奪吾糺也,雖得天下,吾不生也,兄与我斉国之政也。受君令而不改,奉所立而不済,是吾義也。」管仲曰:「夷吾之為君臣也,将承君命,奉社稷以持宗廟,豈死一糺哉!夷吾之所死者,社稷破,宗廟滅,祭祀絶,則夷吾死之。非此三者,則夷吾生。夷吾生則斉国利,夷吾死則斉国不利。」鮑叔曰:「然則奈何?」管子曰:「子出奉令則可。」鮑叔許諾,乃出奉令,遂傅小白。
書き下し
召忽曰く、「不可なり。吾三人の者の齊國に於けるや、之を譬うるに猶お鼎の足有るがごときなり、一を去らば則ち必ず立たざらん。吾小白を觀るに必ず後と為らざらん」と。管仲曰く、「然らざるなり。夫れ國人は糺の母を憎惡し、以て糺の身に及ぶ、而して小白の母無きを憐れむなり。諸兒は長ずれども賤し、事未だ知る可からざるなり。夫れ齊國を定むる所以の者は、此の二公子に非ざれば、將に己む無からんとす。小白の人と為り、小智無く、惕にして大慮有り。夷吾に非ざれば小白を容るる莫し、天不幸にして禍を降し殃を齊に加えば、糺立つを得と雖も、事將に濟らざらんとす。子社稷を定むるに非ずんば、其れ將た誰ぞや」と。召忽曰く、「百歳の後、吾が君世を卜し、吾が君の命を犯して吾が立つる所を廢し、吾が糺を奪わば、天下を得と雖も、吾生きざるなり、兄と我と齊國の政なり。君の令を受けて改めず、立つる所を奉じて濟らざるは、是れ吾が義なり」と。管仲曰く、「夷吾の君臣為るや、將に君命を承け、社稷を奉じて以て宗廟を持たんとす、豈に一糺に死せんや。夷吾の死する所の者は、社稷破れ、宗廟滅び、祭祀絕ゆれば、則ち夷吾之に死す。此の三つの者に非ざれば、則ち夷吾生く。夷吾生くれば則ち齊國利あり、夷吾死すれば則ち齊國利あらず」と。鮑叔曰く、「然らば則ち奈何」と。管子曰く、「子出でて令を奉ぜば則ち可なり」と。鮑叔許諾し、乃ち出でて令を奉じ、遂に小白に傅たり。
現代語訳
召忽が言った、いけない。我々三人が斉国にあるのは、鼎に足があるようなものだ。一つ欠ければ必ず立たない。私が見るに、小白は必ず跡継ぎにはならない。管仲が言った、そうではない。国の人々は糺の母を憎み、それが糺自身にまで及んでいる。そして小白に母がないことを憐れんでいる。諸兒は年長だが人望がなく、先はまだわからない。斉国を定めるのは、この二人の公子のどちらかしかない。小白の人となりは、小さな知恵はないが、用心深くて大きな考えがある。私でなければ小白を受け止められる者はいない。天が不幸にも斉に禍を降せば、糺が立てても事は成るまい。あなたが社稷を定めるのでなければ、いったい誰がやるのか。召忽が言った、百年ののち、我が君が世継ぎを占い、その君の命に背いて私が立てた者を廃し、私の糺を奪うなら、天下を得ても私は生きない。兄と私とで斉国の政をとるのだ。君の令を受けて改めず、立てた者を奉じて成らなければ、それが私の義である。管仲が言った、私が君臣であるのは、君の命を承け社稷を奉じて宗廟を保つためだ。どうして糺ひとりのために死のうか。私が死ぬのは、社稷が破れ、宗廟が滅び、祭祀が絶えたときだ。この三つでなければ、私は生きる。私が生きれば斉国に利があり、私が死ねば斉国に利がない。鮑叔が言った、それではどうすればよいか。管子が言った、あなたは出て令を奉じればよい。鮑叔は承知し、出仕して令を奉じ、小白の傅役となった。
解説
この章句が説くこと
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