管子 / 兵法
治衆有數,勝敵有理。察數而知理,審器而識勝,明理而勝敵。定宗廟,遂男女,官四分,則可以定威徳,制法儀,出號令,然後可以一衆治民。兵無主則不蚤知敵,野無吏則無蓄積,官無常則下怨上,器械不巧則朝無定,賞罰不明則民輕其産。故曰:早知敵則獨行,有蓄積則乆而不匱,器械巧則伐而不費,賞罰明則勇士勸也。
新字:治衆有数,勝敵有理。察数而知理,審器而識勝,明理而勝敵。定宗廟,遂男女,官四分,則可以定威徳,制法儀,出号令,然後可以一衆治民。兵無主則不蚤知敵,野無吏則無蓄積,官無常則下怨上,器械不巧則朝無定,賞罰不明則民軽其産。故曰:早知敵則独行,有蓄積則久而不匱,器械巧則伐而不費,賞罰明則勇士勧也。
書き下し
衆を治むるに數有り、敵に勝つに理有り。數を察して理を知り、器を審らかにして勝を識り、理を明らかにして敵に勝つ。宗廟を定め、男女を遂げ、官を四分すれば、則ち以て威德を定め、法儀を制し、號令を出だす可し、然る後に以て衆を一にし民を治む可し。兵に主無ければ則ち蚤く敵を知らず、野に吏無ければ則ち蓄積無く、官に常無ければ則ち下上を怨み、器械巧ならざれば則ち朝に定まる無く、賞罰明らかならざれば則ち民其の產を輕んず。故に曰く、早く敵を知れば則ち獨行し、蓄積有れば則ち久しくして匱しからず、器械巧なれば則ち伐ちて費えず、賞罰明らかなれば則ち勇士勸むと。
現代語訳
人々を治めるには数があり、敵に勝つには理がある。数を見きわめて理を知り、器をはっきりさせて勝ちを知り、理を明らかにして敵に勝つ。宗廟を定め、男女を全うさせ、官を四つに分ければ、威と徳を定め、法と儀を制し、号令を出すことができる。そのうえで人々を一つにし民を治められる。兵に主がなければ早く敵を知れず、野に役人がいなければ蓄えがなく、官に定まりがなければ下は上を怨み、器械がよくできていなければ朝廷に定まりがなく、賞罰が明らかでなければ民は自分の生業を軽んじる。だから言う、早く敵を知れば単独で動け、蓄えがあれば長引いても窮せず、器械がよくできていれば討っても費えがなく、賞罰が明らかなら勇士が励む、と。
解説
この章句が説くこと
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『省諐録』第49条去夏、墨虜、兵艦四隻を以て、其の国書を護送し、浦賀の澳に抵る。其の挙動詞気、殊に極めて悖慢にして、国体を辱むること細かならず。聞く者切歯せざるは莫し。時に某人浦賀に鎮し、屏気して屈を負ひ、遂に為す能はず。虜退きて後、自ら小刀を抽き、其の遺す所の虜主の画像を寸断して以て怒りを洩らす。昔宋の曹瑋、官を陝西に謫せられ、趙元昊の人と為りを聞き、乃ち善く画く者をして其の貌を図かしめ、之を観て其の英物にして必ず辺患と為るを知り、預め辺備を講じ、人才を蒐閲せんと欲す。後に果たして其の言の如し。然らば則ち其の肖影を観て、亦た以て其の能否を見て、吾が豫備に資すべし。某人知慮此に及ばず、毀ちて之を滅す。惜しむべきのみ。嗚乎、均しく夷人なり。均しく画像なり。或いは無くして之を求め、或いは有りて之を毀つ。其の知の深浅、謀の長短、一に何ぞ遠きや。
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『管子』七法故に事に備え無く、兵に主無ければ、則ち蚤く知らず。野辟けず、地に吏無ければ、則ち蓄積無し。官に常無く、下上を怨めば、而して器械功ならず。朝に政無ければ、則ち賞罰明らかならず。賞罰明らかならざれば、則ち民生を幸う。故に蚤く敵人を知ること獨行の如く、蓄積有れば、則ち久しくして匱しからず。器械功なれば、則ち伐ちて費えず。賞罰明らかなれば、則ち人幸わず。人幸わざれば、則ち勇士之を勸む。故に兵なる者は、地圖に審らかにし、十官を謀り、日々蓄積を量り、勇士を齊え、徧く天下を知り、審らかに機數を御す、兵主の事なり。
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尉繚子・原官官なる者は、事の主る所、治を為すの本なり。制なる者は、職もて四民を分かつ、治の分なり。貴爵富禄必ず称ふは、尊卑の体なり。善を好み悪を罰し、比法を正すは、民を会計するの具なり。井地を均しくし、賦斂を節するは、取与の度なり。工人を程(はか)り、器用を備ふるは、匠工の功なり。地を分かち要を塞ぐは、怪を殄(た)ち淫を禁ずるの事なり。法を守り断を稽ふるは、臣下の節なり。法を明らかにし験を稽ふるは、主上の操なり。主守を明らかにし、軽重を等しくするは、臣主の権なり。賞賚を明らかにし、誅責を厳にするは、奸を止むるの術なり。開塞を審らかにし、一道を守るは、政を為すの要なり。下達し上通ずるは、至聡の聴なり。国の有無の数を知るは、其の仂(ろく)を用ふるなり。彼の弱きを知る者は、強の体なり。彼の動くを知る者は、静の決なり。官を文武に分かつは、惟れ王の二術なり。俎豆制を同じくするは、天子の会なり。遊説間諜自ら入る無きは、正議の術なり。諸侯に天子の礼を謹む有り、君民世を継ぐは、王の命を承くるなり。好むを更め常を易へ、王の明徳に違ふは、故に礼以て伐つを得るなり。官に事治無く、上に慶賞無く、民に獄訟無く、国に商賈無きは、何ぞ王の至りなるや。明挙上達するは、王の垂聴に在るなり。
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『墨子』號令國を安んずるの道は、道、地に任ずるより始まる。地、其の任を得れば則ち功成り、地、其の任を得ざれば則ち勞して功無し。人も亦た此を為す。備え、先に具えざる者は以て主を安んずる無し。吏卒民、多く心の一ならざる者は、皆な其の将長に在り。諸そ賞罰を行い及び治むること有る者は、必ず公より出づ。王、數しば人をして行き勞わしめ、邉城關塞を守り、蠻夷に備うるの勞苦なる者に賜い、其の守率の財用の餘り有ると足らざるとを舉げ、地形の當に邉を守るべき者、其の器備の常に多き者を舉ぐ。邉の縣邑は、其の樹木の惡しきを視れば、則ち用を少なくす。田、辟けざれば、食を少なくす。大屋・草盖無ければ、乗を用うるを少なくす。財多ければ、民、食を好む。内堞を為り、内に行棧し、器備を其の上に置く。城上の吏・卒・養は、皆な舍を道の内に為り、各おの其の隔部に當たる。養は十二人。符を為る者を養吏一人と曰い、諸門を辦護す。門者及び守禁有る者は、皆な事無き者をして其の旁らに稽留するを得しむる無かれ。令に従わざる者は戮す。敵人、但だ至らば、千丈の城は、必ず郭、之に近づき、主人、利し。千丈を盡くさざる者は迎うる勿かれ。敵の居曲、衆少を視て之に應ず。此れ守城の大體なり。其の此の中に在らざる者は、皆な心術と人事と之を參う。
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『春秋左氏伝』僖公五年 弦子、恃みて備えず陳の轅宣仲鄭の申侯の己に召陵に反きしを怨む。故に之に其の賜邑に城かんことを勸めて、曰く、「美しく之に城くは、大名なり。子孫忘れざらん。吾子を助けて請はん」と。乃ち之が爲に諸侯に請ひて之に城く、美し。遂に諸を鄭伯に譖して曰く、「美しく其の賜邑に城くは、將に以って叛かんとするなり」と。申侯是に由りて罪を得たり。秋、諸侯盟ふ。王周公をして鄭伯を召さしめて曰く、「吾女を撫して以って楚に從はしめ、之を輔くるに晉を以ってせば、以って少しく安んず可し」と。鄭伯王命を喜び、而して其の齊に朝せざるを懼る。故に逃げ歸りて盟はず。孔叔之を止めて曰く、「國君は以って輕かる可からず。輕ければ則ち親を失ふ。親を失へば、患ひ必ず至る。病みて盟を乞はば、喪ふ所多からん。君必ず之を悔いん」と。聽かず。其の師を逃れて歸る。楚の鬭穀於菟弦を滅ぼす。弦子黃に奔る。是に於いて江・黃・道・柏方に齊に睦まじく、皆弦の姻なり。弦子之を恃みて楚に事へず、又備へを設けず。故に亡ぶ。
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