管子 / 法法
一曰:凡人君之徳行威嚴,非獨能盡賢於人也。曰人君也,故從而貴之,不敢論其徳行之髙卑,有故為其殺生急於司命也。富人貧人,使人相畜也;貴人賤人,使人相臣也。人主操此六者以畜其臣,人臣亦望此六者以事其君。君臣之㑹,六者謂之謀。六者在臣期年,臣不忠,君不能奪。在子期年,子不孝,父不能奪。故春秋之記,臣有弑其君,子有弑其父者。得此六者,而君父不智也。六者在臣,則主蔽矣。
新字:一曰:凡人君之徳行威厳,非独能尽賢於人也。曰人君也,故従而貴之,不敢論其徳行之高卑,有故為其殺生急於司命也。富人貧人,使人相畜也;貴人賤人,使人相臣也。人主操此六者以畜其臣,人臣亦望此六者以事其君。君臣之会,六者謂之謀。六者在臣期年,臣不忠,君不能奪。在子期年,子不孝,父不能奪。故春秋之記,臣有弑其君,子有弑其父者。得此六者,而君父不智也。六者在臣,則主蔽矣。
書き下し
一に曰く、凡そ人君の德行威嚴は、獨り能く盡く人に賢れるに非ざるなり。曰く人君なり、故に從いて之を貴び、敢えて其の德行の高卑を論ぜず、故に其の殺生を為すこと司命より急なる有ればなり。人を富ませ人を貧しくし、人をして相畜わしむ。人を貴くし人を賤しくし、人をして相臣たらしむ。人主此の六つの者を操りて以て其の臣を畜い、人臣も亦た此の六つの者を望みて以て其の君に事う。君臣の會、六つの者之を謀と謂う。六つの者臣に在ること期年なれば、臣忠ならざるも、君奪う能わず。子に在ること期年なれば、子孝ならざるも、父奪う能わず。故に春秋の記に、臣の其の君を弑する有り、子の其の父を弑する者有り。此の六つの者を得て、君父智らざるなり。六つの者臣に在れば、則ち主蔽わる。
現代語訳
一つには、君主の徳行や威厳は、その人が人よりことごとくすぐれているからではない。君主だから、みなが従って貴び、その徳行の高い低いをあえて論じないのである。生かすも殺すも司命の神より速くできる力があるからである。人を富ませ人を貧しくして互いに養わせ、人を貴くし人を賤しくして互いに臣とさせる。君主はこの六つを握って臣を養い、臣もまたこの六つを望んで君に仕える。君と臣が会うところで、この六つをはかりごとという。この六つが臣のもとに一年あれば、その臣が忠でなくても君は奪い返せない。子のもとに一年あれば、その子が孝でなくても父は奪い返せない。だから春秋の記録には、臣が君を殺し、子が父を殺した例がある。この六つを得ておきながら、君や父はそれに気づいていないのである。六つが臣のもとにあれば、主は目をふさがれる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』外篇・治道・位以て其の惡を濟す政を為す者は、行ふを得れば即ち行ふの謂に非ず、行ふ可きに從ひて則ち行ふのみ。行ふを得るの勢ひ有りて、行ふ可きの理に昧ければ、是れ位以て其の惡を濟すなり。君子は之を賊と謂ふ。
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『墨子』魯問魯陽文君、将に鄭を攻めんとす。子墨子、聞きて之を止め、陽文君に謂いて曰く、「今、魯の四境の内をして、大都、其の小都を攻め、大家、其の小家を伐ち、其の民を殺し、人、其の牛馬狗豕布帛米粟貨財を取らしめば、則ち何若」と。魯陽文君曰く、「魯の四境の内は、皆な寡人の臣なり。今、大都、其の小都を攻め、大家、其の小家を伐ち、之が貨財を奪わば、則ち寡人、必ず将に厚く之を罰せんとす」と。子墨子曰く、「夫れ天の兼ねて天下を有つや、亦た猶お君の四境の内を有つがごときなり。今、兵を舉げて将に以て鄭を攻めんとす。天の誅、其れ至らざらんや」と。魯陽文君曰く、「先生、我が鄭を攻むるを止むるか。我が鄭を攻むるは天の志に順う。鄭人、三世、其の父を殺す。天、誅を加えて、三年、登らざらしむ。我れ将に天の誅を助けんとす」と。子墨子曰く、「鄭人、三世、其の父を殺して、天、誅を加え、三年、登らざらしむ。天の誅、足れり。今、又た兵を舉げて将に以て鄭を攻めんとして、曰く、『吾が鄭を攻むるや、天の志に順う』と。譬えば人、此に有り。其の子、强梁にして不材なり。故に其の父、之を笞つ。其の鄰家の父、木を舉げて之を擊ちて曰く、『吾れ之を擊つや、其の父の志に順う』と。則ち豈に悖らざらんや」と。
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『韓非子』外儲説右上第三十四其の下翎を断てば、則ち必ず人を恃みて食ふ、焉んぞ馴れざるを得んや。夫れ明主の臣を畜ふも亦然り、
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『学問のすゝめ』五編・明治七年一月一日の詞・国は政府の私有にして人民は国の食客たるがごとしそもそもわが国の人民に気力なきその原因を尋ぬるに、数千百年の古より全国の権柄を政府の一手に握り、武備・文学より工業・商売に至るまで、人間些末の事務といえども政府の関わらざるものなく、人民はただ政府の嗾するところに向かいて奔走するのみ。あたかも国は政府の私有にして、人民は国の食客たるがごとし。すでに無宿の食客となりてわずかにこの国中に寄食するを得るものなれば、国を視ること逆旅のごとく、かつて深切の意を尽くすことなく、またその気力を見わすべき機会をも得ずして、ついに全国の気風を養いなしたるなり。
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『墨子』尚賢上故に古者、聖王の政を為すや、徳を别ちて賢を尚び、農と工肆の人に在りと雖も、能有れば則ち之を舉げ、髙く之に爵を予え、重く之に祿を予え、之に任ずるに事を以てし、斷じて之に令を予う。曰く、「爵位髙からざれば則ち民敬わず、蓄祿厚からざれば則ち民信ぜず、政令斷ぜざれば則ち民畏れず」と。三者を舉げて之を賢者に授くるは、賢の為に賜うに非ざるなり、其の事の成らんことを欲すればなり。故に是の時に當たりて、徳を以て列に就き、官を以て事に服し、勞を以て賞を殿し、功を量りて祿を分かつ。故に官に常の貴無く、民に終の賤無し。能有れば則ち之を舉げ、能無ければ則ち之を下す。公義を舉げ、私怨を辟く。此れ若の言の謂いなり。

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