管子 / 法法
文有三侑,武毋一赦。惠者,多赦者也,先易而後難,乆而不勝其禍。法者,先難而後易,乆而不勝其福。故惠者,民之仇讎也;法者,民之父母也。太上以制制度,其次失而能追之,雖有過亦不甚矣。明君制宗廟,足以設賓祀,不求其美;為宫室臺榭,足以避燥濕寒暑,不求其大;為雕文刻鏤,足以辨貴賤,不求其觀。故農夫不失其時,百工不失其功,商無廢利,民無游日,財無砥墆。故曰:儉其道乎!
新字:文有三侑,武毋一赦。恵者,多赦者也,先易而後難,乆而不勝其禍。法者,先難而後易,乆而不勝其福。故恵者,民之仇讎也;法者,民之父母也。太上以制制度,其次失而能追之,雖有過亦不甚矣。明君制宗廟,足以設賓祀,不求其美;為宫室台榭,足以避燥湿寒暑,不求其大;為雕文刻鏤,足以弁貴賤,不求其観。故農夫不失其時,百工不失其功,商無廃利,民無游日,財無砥墆。故曰:倹其道乎!
書き下し
文に三侑有り、武に一赦毋し。惠なる者は、多く赦す者なり、先には易くして後には難く、久しくして其の禍に勝えず。法なる者は、先には難くして後には易く、久しくして其の福に勝えず。故に惠なる者は、民の仇讎なり。法なる者は、民の父母なり。太上は制を以て度を制す、其の次は失して能く之を追う、過ち有りと雖も亦た甚だしからず。明君は宗廟を制するに、賓祀を設くるに足れば、其の美を求めず。宮室臺榭を為るに、燥濕寒暑を避くるに足れば、其の大を求めず。雕文刻鏤を為るに、貴賤を辨ずるに足れば、其の觀を求めず。故に農夫は其の時を失わず、百工は其の功を失わず、商に廢利無く、民に游日無く、財に砥墆無し。故に曰く、儉は其れ道か。
現代語訳
文には三度の助けがあるが、武には一度の赦しもない。恵みとは多く赦すことで、先は易しく後が難しく、長く続けばその禍に耐えられない。法とは先が難しく後が易しく、長く続けばその福に耐えられないほどである。だから恵みは民の仇であり、法は民の父母である。最上は制によって度を定めることであり、その次は失敗しても追いつけることである。それなら過ちがあってもひどくはならない。明君は宗廟を作るのに、賓客を迎え祀るに足りればその美しさを求めない。宮室や高殿を作るのに、乾湿や寒暑を避けるに足りればその大きさを求めない。彫り物や飾りを作るのに、貴賤を分けるに足りればその見栄えを求めない。だから農夫は時を外さず、職人は功を失わず、商いに廃れる利がなく、民に遊ぶ日がなく、財に滞りがない。だから言う、倹こそ道であろう、と。
解説
この章句が説くこと
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