管子 / 法禁
用不稱其人,家富於其列,其禄甚寡而資財甚多者,聖王之禁也。拂世以為行,非上以為名,常反上之法制,以成羣於國者,聖王之禁也。飾於貧窮,而發於勤勞,權於貧賤,身無職事,家無常姓,列上下之間,議言為民者,聖王之禁也。壺士以為亡資,修田以為亡本,則生之養私不死,然後失矯以深,與上為市者,聖王之禁也。審飾小節以示民,時言大事以動上,逺交以踰羣,假爵以臨朝者,聖王之禁也。
新字:用不称其人,家富於其列,其禄甚寡而資財甚多者,聖王之禁也。払世以為行,非上以為名,常反上之法制,以成羣於国者,聖王之禁也。飾於貧窮,而発於勤労,権於貧賤,身無職事,家無常姓,列上下之間,議言為民者,聖王之禁也。壺士以為亡資,修田以為亡本,則生之養私不死,然後失矯以深,与上為市者,聖王之禁也。審飾小節以示民,時言大事以動上,遠交以踰羣,仮爵以臨朝者,聖王之禁也。
書き下し
用其の人に稱わず、家其の列より富み、其の禄甚だ寡なくして資財甚だ多き者は、聖王の禁ずる所なり。世に拂いて以て行と為し、上を非りて以て名と為し、常に上の法制に反して、以て國に羣を成す者は、聖王の禁ずる所なり。貧窮を飾りて、勤勞に發し、貧賤に權り、身に職事無く、家に常姓無く、上下の間に列なり、言を議して民の為とする者は、聖王の禁ずる所なり。士を壺して以て亡資と為し、田を修めて以て亡本と為し、則ち之を生かし私を養いて死せず、然る後に矯を失いて以て深く、上と市を為す者は、聖王の禁ずる所なり。小節を審飾して以て民に示し、時に大事を言いて以て上を動かし、遠く交わりて以て羣を踰え、爵を假りて以て朝に臨む者は、聖王の禁ずる所なり。
現代語訳
用いられ方がその人に釣り合わず、家がその序列より富み、禄はごく少ないのに資財がひどく多い。これは聖王の禁じるところである。世に逆らうことを自分の行いとし、上をそしることを自分の名とし、いつも上の法制に反して国に群れをつくる。これも聖王の禁じるところである。貧しさを飾って見せ、苦労を売り物にし、貧賤を頼みにし、身に職もなく、家に定まった姓もなく、上と下のあいだに並んで、口先で民のためだと議論する。これも聖王の禁じるところである。士を囲い込んで隠れた資本とし、田を整えて隠れた元手とし、それを生かして私を養って手放さず、そのうえで枠を外して深く食い込み、上を相手に取引をする。これも聖王の禁じるところである。小さな節義をことさら飾って民に見せ、ときどき大事を口にして上を動かし、遠くと交わって仲間の枠を越え、爵を借りて朝廷に臨む。これも聖王の禁じるところである。
解説
この章句が説くこと
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