管子 / 八觀
課凶饑,計師役,觀臺榭,量國費,而實虗之國可知也,凢田野,萬家之衆可食之地方五十里,可以為足矣。萬家以下,則就山澤可矣。萬家以上,則去山澤可矣。彼野悉辟,而民無積者,國地小而食地淺也。田半墾,而民有餘食,而粟米多者,國地大而食地博也。國地大而野不辟者,君好貨而臣好利者也。辟地廣而民不足者,上賦重,流其藏者也。故曰:粟行於三百里,則國毋一年之積;粟行於四百里,則國毋二年之積;粟行於五百里,則衆有飢色。其稼亡三之一者,命曰小凶,小凶三年而大凶,大凶則衆有大遺苞矣。什一之師,什三毋事,則稼亡三之一,稼亡三之一而非有故葢積也,則道有損瘠矣。什一之師,三年不解,非有餘食也,則民有鬻子矣。
新字:課凶饑,計師役,観台榭,量国費,而実虗之国可知也,凢田野,万家之衆可食之地方五十里,可以為足矣。万家以下,則就山沢可矣。万家以上,則去山沢可矣。彼野悉辟,而民無積者,国地小而食地浅也。田半墾,而民有余食,而粟米多者,国地大而食地博也。国地大而野不辟者,君好貨而臣好利者也。辟地広而民不足者,上賦重,流其蔵者也。故曰:粟行於三百里,則国毋一年之積;粟行於四百里,則国毋二年之積;粟行於五百里,則衆有飢色。其稼亡三之一者,命曰小凶,小凶三年而大凶,大凶則衆有大遺苞矣。什一之師,什三毋事,則稼亡三之一,稼亡三之一而非有故葢積也,則道有損瘠矣。什一之師,三年不解,非有余食也,則民有鬻子矣。
書き下し
凶饑を課し、師役を計り、臺榭を觀、國費を量れば、實虛の國知る可きなり。凡そ田野、萬家の衆食らう可きの地は方五十里、以て足れりと為す可し。萬家以下なれば、則ち山澤に就くも可なり。萬家以上なれば、則ち山澤を去るも可なり。彼の野悉く辟けて、民に積無き者は、國地小にして食地淺ければなり。田半ば墾かれて、民に餘食有り、而して粟米多き者は、國地大にして食地博ければなり。國地大にして野辟けざる者は、君貨を好みて臣利を好む者なり。地を辟くこと廣くして民足らざる者は、上の賦重く、其の藏を流す者なり。故に曰く、粟三百里に行れば、則ち國に一年の積無し。粟四百里に行れば、則ち國に二年の積無し。粟五百里に行れば、則ち衆に飢色有りと。其の稼三の一を亡う者は、命じて小凶と曰う、小凶三年にして大凶、大凶なれば則ち衆に大いに遺苞有り。什一の師、什三事無ければ、則ち稼三の一を亡う、稼三の一を亡いて而も故蓋積有るに非ざれば、則ち道に損瘠有り。什一の師、三年解けず、餘食有るに非ざれば、則ち民に子を鬻ぐ有り。
現代語訳
凶作や飢えを調べ、軍役を数え、高殿を見て、国の費えを量れば、中身のある国かうつろな国かがわかる。田野は、一万戸の人々が食えるだけの土地が五十里四方あれば足りるとしてよい。一万戸より少なければ山沢に寄ってもよく、一万戸より多ければ山沢を離れてもよい。野がすっかり開かれているのに民に蓄えがないのは、国の土地が小さく食える土地が浅いからである。田が半分しか開かれていないのに民に食べ物が余り、粟米が多いのは、国の土地が大きく食える土地が広いからである。国の土地が大きいのに野が開かれていないのは、君が財貨を好み臣が利を好むからである。開いた土地は広いのに民が足りないのは、上の取り立てが重く、蓄えを流出させているからである。だから言う、粟が三百里の先まで運ばれれば国に一年の蓄えがなく、四百里なら二年の蓄えがなく、五百里なら人々に飢えの色が出る、と。収穫の三分の一を失うのを小凶といい、小凶が三年続けば大凶となり、大凶なら人々に多くの取りこぼしが出る。十分の一を軍にとられ、十分の三が仕事につかなければ、収穫は三分の一を失う。三分の一を失って、しかももとからの蓄えがなければ、道に痩せ衰えた者が出る。十分の一の軍役が三年解けず、余った食がなければ、民は子を売る。
解説
この章句が説くこと
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『管子』八觀其の田野を行き、其の耕芸を視、其の農事を計れば、飢飽の國は以て知る可きなり。其の耕すこと深からず、芸ること謹まず、地宜任ぜず、草田穢多く、耕す者必ずしも肥えず、荒るる者必ずしも墝せず、人を以て猥りに其の野を計るに、草田多くして辟田少なき者は、水旱ならずと雖も、飢國の野なり。是くの若くにして民寡なければ、則ち以て其の地を守るに足らず。是くの若くにして民衆ければ、則ち國貧しく民飢う。此を以て水旱を過ぐれば、則ち衆散じて收まらず。彼の民の以て守るに足らざる者は、其の城固からず。民飢うる者は、以て戰わしむ可からず。衆散じて收まらざれば、則ち國は丘と為る。故に曰く、地を有ち國に君として、耕芸に務めざるは、寄生の君なりと。故に曰く、其の田野を行き、其の耕芸を視、其の農事を計れば、飢飽の國知る可きなりと。
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『管子』八觀彼の民は穀に非ざれば食らわず、穀は地に非ざれば生ぜず、地は民に非ざれば動かず、民は力を作すに非ざれば以て財を致す無し。天下の生ずる所は、力を用うるに生ず。力を用うるの生ずる所は、身を勞するに生ず。是の故に主上財を用うること已む毋きは、是れ民力を用うること休む毋きなり。故に曰く、臺榭相望む者は、其の上下相怨むなり。民に餘積無き者は、其の禁必ずしも止まらず。衆に遺苞有る者は、其の戰必ずしも勝たず。道に損瘠有る者は、其の守り必ずしも固からず。故に令必ずしも行われず、禁必ずしも止まらず、戰必ずしも勝たず、守り必ずしも固からざれば、則ち危亡其の後に隨う。故に曰く、凶飢を課し、師役を計り、臺榭を觀、國費を量れば、實虛の國知る可きなりと。
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『管子』八觀敵與を計り、上意を量り、國本を察し、民產の餘り有ると足らざるとを觀れば、存亡の國知る可きなり。敵國強くして與國弱く、諫臣死して諛臣尊く、私情行われて公法毀るれば、然らば則ち與國は其の親を恃まず、而して敵國は其の彊を畏れず、豪傑は其の位に安んぜず、而して積勞の人は其の禄を懷わず。商販を悅びて本貨に務めざれば、則ち民偷處して積聚を事とせず。豪傑其の位に安んぜざれば、則ち良臣出づ。積勞の人其の禄を懷わざれば、則ち兵士用いられず。民偷處して積聚を事とせざれば、則ち囷倉空虛なり。是くの如くにして君變を為さざれば、然らば則ち攘奪・竊盜・殘賊・進取の人起こる。内は廷に良臣無く、兵士用いられず、囷倉空虛にして、外に彊敵の憂え有らば、則ち國は居ながらにして自ら毀るるなり。故に曰く、敵與を計り、上意を量り、國本を察し、民產の餘り有ると足らざるとを觀れば、存亡の國知る可きなりと。故に此の八つの者を以て人主の國を觀れば、而して人主は其の情を匿す所無し。
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『管子』八觀法を置き令を出だし、衆に臨み民を用うるに、其の威嚴寛惠を計れば、其の民に行わるると其の民に行われざるとは知る可きなり。法虛しく立ちて疏遠を害し、令一たび布かれて聽かざる者存し、爵禄を賤しみて功無き者富まば、然らば則ち衆必ず令を輕んじて上位危うし。故に曰く、良田戰士に在らざれば、三年にして兵弱し。賞罰信ならざれば、五年にして破る。上官爵を賣らば、十年にして亡ぶ。人倫に倍きて禽獸の行あらば、十年にして滅ぶと。戰いて勝たざるは、弱きなり。地四たび削られ、諸侯に入るは、破るるなり。本國を離れ、都邑を徙すは、亡ぶるなり。有つ者異姓なるは、滅ぶるなり。故に曰く、法を置き令を出だし、衆に臨み民を用うるに、威嚴寛惠を計れば、而して其の民に行わるると其の民に行われざるとは知る可きなりと。
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『管子』八觀其の山澤を行き、其の桑麻を觀、其の六畜の產を計れば、貧富の國知る可きなり。夫れ山澤廣大なれば則ち草木多かり易きなり、壤地肥饒なれば則ち桑麻植え易きなり、薦草多く衍かなれば則ち六畜繁り易きなり。山澤廣しと雖も、草木に禁毋く、壤地肥ゆと雖も、桑麻數無く、薦草多しと雖も、六畜に征有るは、貨を閉ざすの門なり。故に曰く、時貨遂げざれば、金玉多しと雖も、之を貧國と謂うと。故に曰く、其の山澤を行き、其の桑麻を觀、其の六畜の產を計れば、貧富の國知る可きなりと。
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『管子』八觀國邑に入り、宮室を視、車馬衣服を觀れば、侈儉の國知る可きなり。夫れ國城大にして田野淺狹なる者は、其の野以て其の民を養うに足らず。城域大にして人民寡なき者は、其の民以て其の城を守るに足らず。宮營大にして室屋寡なき者は、其の室以て其の宮を實たすに足らず。室屋衆くして人徒寡なき者は、其の人以て其の室に處るに足らず。囷倉寡なくして臺榭繁き者は、其の藏以て其の費を共するに足らず。故に曰く、主上に積無くして宮室美しく、氓家に積無くして衣服脩まり、車に乘る者は觀望を飾り、步行する者は文采を雜う、本資少なくして末用多き者は、侈國の俗なりと。國侈なれば則ち用費え、用費ゆれば則ち民貧しく、民貧しければ則ち姦智生じ、姦智生ずれば則ち邪巧作る。故に姦邪の生ずる所は、匱不足に生ず。匱不足の生ずる所は、侈に生ず。侈の生ずる所は、度無きに生ず。故に曰く、度量を審らかにし、衣服を節し、財用を儉にし、侈泰を禁ずるは、國を為むるの急なりと。若計に通ぜざる者は、國を用いしむ可からず。故に曰く、國邑に入り、宮室を視、車馬衣服を觀れば、侈儉の國知る可きなりと。