管子 / 八觀
行其山澤,觀其桑麻,計其六畜之産,而貧富之國可知也。夫山澤廣大則草木易多也,壤地肥饒則桑麻易植也,薦草多衍則六畜易繁也。山澤雖廣,草木毋禁;壤地雖肥,桑麻毋數;薦草雖多,六畜有征,閉貨之門也。故曰:時貨不遂,金玉雖多,謂之貧國也。故曰:行其山澤,觀其桑麻,計其六畜之産,而貧富之國可知也。
新字:行其山沢,観其桑麻,計其六畜之産,而貧富之国可知也。夫山沢広大則草木易多也,壤地肥饒則桑麻易植也,薦草多衍則六畜易繁也。山沢雖広,草木毋禁;壤地雖肥,桑麻毋数;薦草雖多,六畜有征,閉貨之門也。故曰:時貨不遂,金玉雖多,謂之貧国也。故曰:行其山沢,観其桑麻,計其六畜之産,而貧富之国可知也。
書き下し
其の山澤を行き、其の桑麻を觀、其の六畜の產を計れば、貧富の國知る可きなり。夫れ山澤廣大なれば則ち草木多かり易きなり、壤地肥饒なれば則ち桑麻植え易きなり、薦草多く衍かなれば則ち六畜繁り易きなり。山澤廣しと雖も、草木に禁毋く、壤地肥ゆと雖も、桑麻數無く、薦草多しと雖も、六畜に征有るは、貨を閉ざすの門なり。故に曰く、時貨遂げざれば、金玉多しと雖も、之を貧國と謂うと。故に曰く、其の山澤を行き、其の桑麻を觀、其の六畜の產を計れば、貧富の國知る可きなりと。
現代語訳
その山や沢を歩き、桑と麻を見て、六畜の産を数えれば、貧しい国か富んだ国かがわかる。山や沢が広ければ草木は多くなりやすく、土地が肥えていれば桑と麻は植えやすく、まぐさが多く広がっていれば六畜は増えやすい。それなのに、山沢が広くても草木を守る禁がなく、土地が肥えていても桑麻の数を定めず、まぐさが多くても六畜に税をかける。これは財貨の門を閉ざすことである。だから言う、季節の産物が実らなければ、金玉が多くてもそれを貧しい国という、と。だから言う、その山や沢を歩き、桑と麻を見て、六畜の産を数えれば、貧しい国か富んだ国かがわかる、と。
解説
三つ目は山沢を歩く、です。条件がそろっていることと、それが生かされていることを分けて見ます。山沢は広い、土地は肥えている、まぐさも多い。それでも守る禁がなく、数を定めず、家畜に税をかければ、財貨の門を閉ざしたのと同じ。締めの一句が定義になっています。季節の産物が実らなければ、金玉がいくらあっても貧しい国だ、と。
この章句が説くこと
其の山沢を行き其の桑麻を観其の六畜の産を計れば貧富の国知る可きなり山沢広しと雖も草木に禁毋く薦草多しと雖も六畜に征有るは貨を閉ざすの門なり時貨遂げざれば金玉多しと雖も之を貧国と謂う条件活用産物
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