師導古典を学びたいすべての人に

管子 / 八觀

行其田野,視其耕芸,計其農事,而飢飽之國可以知也。其耕之不深,芸之不謹,地宜不任,草田多穢,耕者不必肥,荒者不必墝,以人猥計其野,草田多而辟田少者,雖不水旱,飢國之野也。若是而民寡,則不足以守其地;若是而民衆,則國貧民飢。以此過水旱,則衆散而不收。彼民不足以守者,其城不固;民飢者,不可以使戰;衆散而不收,則國為丘故曰:有地君國,而不務耕芸,寄生之君也。故曰:行其田野,視其耕芸,計其農事,而飢飽之國可知也。

新字:行其田野,視其耕芸,計其農事,而飢飽之国可以知也。其耕之不深,芸之不謹,地宜不任,草田多穢,耕者不必肥,荒者不必墝,以人猥計其野,草田多而辟田少者,雖不水旱,飢国之野也。若是而民寡,則不足以守其地;若是而民衆,則国貧民飢。以此過水旱,則衆散而不収。彼民不足以守者,其城不固;民飢者,不可以使戦;衆散而不収,則国為丘故曰:有地君国,而不務耕芸,寄生之君也。故曰:行其田野,視其耕芸,計其農事,而飢飽之国可知也。

書き下し

其の田野を行き、其の耕芸を視、其の農事を計れば、飢飽の國は以て知る可きなり。其の耕すこと深からず、芸ること謹まず、地宜任ぜず、草田穢多く、耕す者必ずしも肥えず、荒るる者必ずしも墝せず、人を以て猥りに其の野を計るに、草田多くして辟田少なき者は、水旱ならずと雖も、飢國の野なり。是くの若くにして民寡なければ、則ち以て其の地を守るに足らず。是くの若くにして民衆ければ、則ち國貧しく民飢う。此を以て水旱を過ぐれば、則ち衆散じて收まらず。彼の民の以て守るに足らざる者は、其の城固からず。民飢うる者は、以て戰わしむ可からず。衆散じて收まらざれば、則ち國は丘と為る。故に曰く、地を有ち國に君として、耕芸に務めざるは、寄生の君なりと。故に曰く、其の田野を行き、其の耕芸を視、其の農事を計れば、飢飽の國知る可きなりと。

現代語訳

その田野を歩き、その耕作と草取りを見て、その農事を数えれば、飢える国か足りる国かがわかる。耕し方が浅く、草取りが行き届かず、土地に合ったものを作らず、草の生えた田に汚れが多く、耕された田が必ずしも肥えておらず、荒れた田が必ずしも痩せていない。人手を当てずっぽうに野へ割り振り、草の生えた田が多く開かれた田が少ない。そういう国は、水害や旱がなくても飢える国の野である。それで民が少なければ土地を守るに足りず、民が多ければ国は貧しく民は飢える。そのうえ水害や旱に遭えば、人は散って集まらない。守るに足りない民では城は固くならず、飢えた民は戦わせられず、散って集まらなければ国は丘になる。だから言う、土地を持ち国の君でありながら耕作に務めないのは、寄生の君である、と。だから言う、その田野を歩き、耕作と草取りを見て、農事を数えれば、飢える国か足りる国かがわかる、と。

解説

二つ目は田野を歩く、です。見るのは収穫高ではなく、耕し方の深さと草取りの丁寧さでした。作業の質を見れば、その年の天候を待たずに飢えるかどうかがわかる、と言います。そのうえで、民が少なくても多くても行き止まりになる筋道を示しました。締めの一語が痛烈です。土地を持ち国の君でありながら耕作に務めないのは、寄生の君である。

この章句が説くこと

其の田野を行き其の耕芸を視其の農事を計れば飢飽の国は以て知る可きなり草田多くして辟田少なき者は水旱ならずと雖も飢国の野なり民飢うる者は以て戦わしむ可からず地を有ち国に君として耕芸に務めざるは寄生の君なり現場

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる