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管子 / 樞言

衆人之用其心也,愛者憎之始也,德者怨之本也。其事親也,妻子具則孝衰矣。其事君也,有好業、家室富足則行衰矣。爵禄滿則忠衰矣。唯賢者不然,故先王不滿也。人主操逆,人臣操順。先王重榮辱,榮辱在為。天下無私愛也,無私憎也,為善者有福,為不善者有禍。禍福在為,故先王重為。明賞不費,明刑不暴,賞罰明則德之至者也,故先王貴明。天道大而帝王者用愛惡,愛惡天下可秘愛惡重閉必固。釜鼓滿則人概之,人滿則天概之,故先王不滿也。先王之書,心之敬執也,而衆人不知也。故有事事也,毋事亦事也。吾畏事,不欲為事;吾畏言,不欲為言,故行年六十而老吃也。

新字:衆人之用其心也,愛者憎之始也,徳者怨之本也。其事親也,妻子具則孝衰矣。其事君也,有好業、家室富足則行衰矣。爵禄満則忠衰矣。唯賢者不然,故先王不満也。人主操逆,人臣操順。先王重栄辱,栄辱在為。天下無私愛也,無私憎也,為善者有福,為不善者有禍。禍福在為,故先王重為。明賞不費,明刑不暴,賞罰明則徳之至者也,故先王貴明。天道大而帝王者用愛悪,愛悪天下可秘愛悪重閉必固。釜鼓満則人概之,人満則天概之,故先王不満也。先王之書,心之敬執也,而衆人不知也。故有事事也,毋事亦事也。吾畏事,不欲為事;吾畏言,不欲為言,故行年六十而老吃也。

書き下し

衆人の其の心を用うるや、愛は憎の始めなり、德は怨の本なり。其の親に事うるや、妻子具われば則ち孝衰う。其の君に事うるや、好業有り家室富足すれば則ち行い衰う。爵禄滿つれば則ち忠衰う。唯だ賢者のみ然らず、故に先王は滿たざるなり。人主は逆を操り、人臣は順を操る。先王は榮辱を重んず、榮辱は為すに在り。天下に私愛無きなり、私憎無きなり、善を為す者は福有り、不善を為す者は禍有り。禍福は為すに在り、故に先王は為すを重んず。賞を明らかにすれば費えず、刑を明らかにすれば暴ならず、賞罰明らかなれば則ち德の至れる者なり、故に先王は明を貴ぶ。天道は大にして帝王たる者は愛惡を用う、愛惡は天下を秘む可し、愛惡重ねて閉ざせば必ず固し。釜鼓滿つれば則ち人之を概し、人滿つれば則ち天之を概す、故に先王は滿たざるなり。先王の書は、心の敬み執る所なり、而して衆人は知らざるなり。故に事有れば事とし、事無きも亦た事とす。吾は事を畏る、事を為さんと欲せず。吾は言を畏る、言を為さんと欲せず、故に行年六十にして老いて吃なり。

現代語訳

多くの人が心を用いるとき、愛は憎しみの始まりであり、徳は怨みのもとである。親に仕えるにも、妻子がそろえば孝は衰える。君に仕えるにも、好きな仕事があり家が富み足りれば行いは衰える。爵禄が満ちれば忠は衰える。ただ賢者だけはそうではない。だから先王は満たさなかった。君主は逆を操り、臣は順を操る。先王は栄辱を重んじた。栄辱は自分のすることにかかっている。天下に私的な愛はなく、私的な憎しみもない。善をする者には福があり、善くないことをする者には禍がある。禍福は自分のすることにかかっている。だから先王は為すことを重んじた。賞をはっきりさせれば費えがなく、刑をはっきりさせれば手荒くならない。賞罰が明らかであれば徳の極みである。だから先王は明らかであることを貴んだ。天の道は大きく、帝王は愛と憎しみを用いる。愛と憎しみは天下に対して秘められるべきもので、二重に閉ざせば必ず固い。釜や鼓が満ちれば人がすりきり、人が満ちれば天がすりきる。だから先王は満たさなかった。先王の書は、心を慎んで守るところのものであるのに、多くの人は知らない。だから事があればそれを事とし、事がなくてもそれを事とする。私は事を畏れて、事をなそうとは思わない。私は言葉を畏れて、言葉をなそうとは思わない。だから六十になって、老いて口ごもるのである。

解説

満ちれば衰える、という観察を並べた段です。妻子がそろえば孝が衰え、家が富めば行いが衰え、爵禄が満ちれば忠が衰える。だから先王は満たさなかった、と。たとえが鮮やかです。釜や鼓が満ちれば人がすりきり、人が満ちれば天がすりきる。締めは筆者自身の姿で終わります。事を畏れて事をなそうとせず、言葉を畏れて言葉をなそうとしない。だから六十で口ごもる、と。

この章句が説くこと

愛は憎の始めなり徳は怨の本なり妻子具われば則ち孝衰う爵禄満つれば則ち忠衰う釜鼓満つれば則ち人之を概し人満つれば則ち天之を概す吾は事を畏る事を為さんと欲せず吾は言を畏る満ち欠け衰え

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