管子 / 宙合
「天地萬物之橐,也宙合有橐天地。」天地苴萬物,故曰「萬物之橐」。宙合之意,上通於天之上,下泉於地之下,外出於四海之外,合絡天地以為一裹,散之至于無間,不可名而山,是大之無外,小之無内,故曰「有橐天地」。其義不傳,一典品之,不極一薄,然而典品無治也。多内則富,時出則當,而聖人之道,貴富以當。奚謂當?本乎無妄之治,運乎無方之事,應變不失之謂當。變無不至,無有應,當本錯,不敢忿。故言而名之曰宙合。
新字:「天地万物之橐,也宙合有橐天地。」天地苴万物,故曰「万物之橐」。宙合之意,上通於天之上,下泉於地之下,外出於四海之外,合絡天地以為一裹,散之至于無間,不可名而山,是大之無外,小之無内,故曰「有橐天地」。其義不伝,一典品之,不極一薄,然而典品無治也。多内則富,時出則当,而聖人之道,貴富以当。奚謂当?本乎無妄之治,運乎無方之事,応変不失之謂当。変無不至,無有応,当本錯,不敢忿。故言而名之曰宙合。
書き下し
「天地萬物の橐なり、宙合は天地を橐する有り」。天地は萬物を苴む、故に「萬物の橐」と曰う。宙合の意は、上は天の上に通じ、下は地の下に泉き、外は四海の外に出で、天地を合絡して以て一裹と為し、之を散ずれば無間に至り、名づけて山とす可からず。是れ大なるは外無く、小なるは内無し、故に「天地を橐する有り」と曰う。其の義は傳わらず、一に之を典品するも、一薄を極めず、然り而して典品に治むる無きなり。多く内るれば則ち富み、時に出だせば則ち當たる、而して聖人の道は、富を貴びて以て當たる。奚をか當たると謂う。無妄の治に本づき、無方の事に運り、變に應じて失わざる、之を當たると謂う。變は至らざる無く、應ずる有る無く、當は本より錯き、敢えて忿らず。故に言いて之に名づけて宙合と曰う。
現代語訳
「天地は万物の袋であり、宙合は天地を袋に入れている」。天地は万物を包む、だから「万物の袋」という。宙合の意味は、上は天の上まで通じ、下は地の下まで届き、外は四海の外に出て、天地をひとまとめに包んで一つの包みとし、これを散らせば隙間のないところまで至り、山と名づけることもできない。これは大きくは外がなく、小さくは内がない。だから「天地を袋に入れている」という。その義は伝わりきらず、一つに整理しても、その一端すら極められない。それでいて、整理しきれないままである。多く内に入れれば富み、時に出せばかなう。聖人の道は、富を貴んでそれでかなう。何をかなうというのか。でたらめのない治めに本づき、決まった形のない事に巡り、変化に応じて外さないこと、これをかなうという。変化は至らないところがなく、応じきれないこともあるが、かなうことはもともと据えられていて、あえて憤らない。だから言葉にしてこれを宙合と名づける。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』宙合左に五音を操り、右に五味を執る。繩と準鉤を懷き、多く規軸を備え、減溜して大いに成る、是れ唯だ時德の節なり。春に生を采り、秋に蓏を采り、夏は陰に處り、冬は陽に處る、大賢の德長し。明なれば乃ち哲、哲なれば乃ち明、奮なれば乃ち苓つ、明哲なれば乃ち大いに行わる。毒あれども怒る無く、怨めども言う無く、欲すれども謀る無し。大いに度儀を揆るに、覺むるが若く卧すが若く、晦きが若く明るきが若く、敖の堯に在るが若し。佞に訪う毋かれ、諂を蓄う毋かれ、凶を育う毋かれ、讒を監る毋かれ、正しからざれば其の荒を廣む。其の區區を用いず、鳥飛びて繩に準じ、讂充ち末衡し、政を易えて民を利す。其の凶を犯す毋かれ、其の求を邇づくる毋かれ、而して其の憂を遠ざけよ。高く其の居を為さば、危顛して之を救うもの莫し。淺かる可く深かる可く、浮かぶ可く沈む可く、曲がる可く直かる可く、言う可く默す可し。天は時を一にせず、地は利を一にせず、人は事を一にせず、正して視る可く、定めて履み、深くして迹す。夫れ天地は一たび險しく一たび易く、鼓に揨有りて擿擋すれば則ち撃つが若し。天地萬物の槖、宙合は天地を槖する有り。
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『管子』宙合「其の區區を用いず」とは、虛なり、人にして良無し、故に虛と曰うなり。凡そ堅く解けて動かず、陼隄して行わざれば、其の時に於いて必ず失す、失すれば則ち廢れて濟らず。植の正を失いて謬らざるは、賢とす可からざるなり。植えて能無きは、善しとす可からざるなり。聖人を賢美とする所以の者は、其の變と隨化するを以てなり。淵泉にして盡きず、微約にして流施す、是を以て德の流るる、潤澤均しく萬物に加わる。故に曰く、聖人は天地に參ずと。
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『管子』宙合多く規軸を備うとは、軸を成すなり。夫れ軸を成すこと多ければ、其の大に處るや究まらず、其の小に入るや塞がらず、猶お迹もて履の憲を求むるがごときなり。夫れ焉んぞ善に適わざること有らんや。善に適うは、備なり、僊なり。是を以て乏しき無し、故に諭教する者は焉に辟を取る。天は陽を淯みて、計量無し。地は化生して、法崖無し。所謂是にして非無く、非にして是無きも、是非有らば、必ず交々來たる。苟くも是を信ずれば、以て先んじて之を規す可からざる有り、必ず識り慮る可からざる有り。然らば將に卒かにして戒めざらんとす、故に聖人は博く聞き多く見、道を畜えて以て物を待ち、物至りて對し、形曲均しく存す。減とは、盡くすなり。溜とは、發するなり。徧く環り畢わりて、備え得ざる莫きを言う、故に曰く「減溜して大いに成る」と。功を成すの術は、必ず巨獲有り、必ず德に周く、時に審らかなり。時と德との遇うは、事の會なり、符を合わすが若く然り。故に曰く「是れ唯だ時德の節なり」と。
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『管子』宙合「夫れ天地は一たび險しく一たび易く、鼓に楟有りて擿擋すれば則ち撃つが若し」とは、苟くも之を唱うる有らば、必ず之に和する有るを言うなり。之に和して差わざれば、因りて以て天地の道を盡くす。景は曲物の為に直からず、響は惡聲の為に美ならず。是を以て聖人の物の性に明らかなる者は、必ず其の類を以て來たるなり。故に君子は繩繩乎として其の先んずる所を慎む。
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『管子』宙合「天は時を一にせず、地は利を一にせず、人は事を一にせず」、是を以て業を著すこと多からざるを得ず、人の名位殊ならざるを得ず。方に明らかなる者は事に察なり、故に物に官せずして旁く道に通ず。道なる者は、無上に通じ、無窮に詳らかに、諸生に運る。是の故に一言に辯じ、一治に察に、一事に攻なる者は、以て曲說す可くして、以て廣舉す可からず。聖人は此に由りて言の兼ぬ可からざるを知る、故に博く之が治を為して其の意を計る。事の兼ぬ可からざるを知る、故に名づけて之が說を為して其の功を況す。歳に春秋冬夏有り、月に上下中旬有り、日に朝暮有り、夜に昏晨半有り、星辰の序各々其の司有り、故に曰く「天は時を一にせず」と。山陵は岑巖、淵泉は閎流、泉は瀷を踰えて盡きず、薄は瀷を承けて滿たず、高下肥磽物に宜しき所有り、故に曰く「地は利を一にせず」と。鄉に俗有り、國に法有り、食飲は味を同じくせず、衣服は采を異にし、世々器械を用い、規矩繩準、稱量數度、品に成る所有り、故に曰く「人は事を一にせず」と。此れ各々事の儀にして、其の詳は盡くす可からざるなり。
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『淮南子』本經訓此に由りて之を觀れば、天地宇宙は、一人の身なり。六合の內は、一人の制なり。是の故に性に明らかなる者は、天地も脅す能わざるなり。符に審らかなる者は、怪物も惑わす能わざるなり。故に聖人なる者は、近きに由りて遠きを知り、萬殊 一と為る。古の人は氣を天地に同じくして、一世と優遊す。此の時に當たりて、慶賀の利、刑罰の威無く、禮義廉恥 設けられず、毀譽仁鄙 立たずして、萬民 相い侵欺暴虐する莫く、猶お混冥の中に在り。衰世に逮び至りて、人 眾く財 寡なく、事 力めて勞して養 足らず、是に於いて忿爭生ず。是を以て仁を貴ぶ。