管子 / 宙合
「不用其區區」者,虚也,人而無良焉,故曰虚也。凡堅解而不動,陼隄而不行,其於時必失,失則廢而不濟。失植之正而不謬,不可賢也。植而無能,不可善也。所賢美於聖人者,以其與變隨化也。淵泉而不盡,㣲約而流施,是以德之流,潤澤均加于萬物。故曰:聖人㕘于天地。
新字:「不用其区区」者,虚也,人而無良焉,故曰虚也。凡堅解而不動,陼隄而不行,其於時必失,失則廃而不済。失植之正而不謬,不可賢也。植而無能,不可善也。所賢美於聖人者,以其与変随化也。淵泉而不尽,㣲約而流施,是以徳之流,潤沢均加于万物。故曰:聖人㕘于天地。
書き下し
「其の區區を用いず」とは、虛なり、人にして良無し、故に虛と曰うなり。凡そ堅く解けて動かず、陼隄して行わざれば、其の時に於いて必ず失す、失すれば則ち廢れて濟らず。植の正を失いて謬らざるは、賢とす可からざるなり。植えて能無きは、善しとす可からざるなり。聖人を賢美とする所以の者は、其の變と隨化するを以てなり。淵泉にして盡きず、微約にして流施す、是を以て德の流るる、潤澤均しく萬物に加わる。故に曰く、聖人は天地に參ずと。
現代語訳
「細かいことにこだわらない」とは、虚であるということだ。人でありながら良さがない、だから虚という。堅く固まって動かず、堤に阻まれて進まなければ、その時を必ず外す。外せば廃れて成らない。立てた正しさを失いながら誤らないというのは、賢いとはいえない。立てても能がなければ、善いとはいえない。聖人が賢く美しいとされるのは、変化とともに移ってゆくからである。淵の泉のように尽きず、細くつつましく流れ広がる。だから徳が流れ、潤いがひとしく万物に加わる。だから言う、聖人は天地に並ぶ、と。
解説
動かないことの害を言った段です。堅く固まって動かず、堤に阻まれて進まなければ、時を必ず外す。そのうえで、聖人が尊ばれる理由を一つに絞りました。変化とともに移ってゆくから、です。正しさを立てて動かないことではなく、変わり続けられることを能力として数えています。徳の流れ方も、勢いよくではなく、細くつつましく流れ広がる、と書かれました。
この章句が説くこと
堅く解けて動かず陼隄して行わざれば其の時に於いて必ず失す聖人を賢美とする所以の者は其の変と随化するを以てなり淵泉にして尽きず微約にして流施す聖人は天地に参ず変化固執
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