管子 / 宙合
「春采生,秋采蓏,夏處隂冬處陽」,此言聖人之動静、開闔、詘信、浧濡取與之必因於時也。時則動,不時則静,是以古之士有意而未可陽也,故愁其治,言含愁而藏之也。賢人之處亂世也,知道之不可行,則沈抑以辟罰,静默以侔免。辟之也,猶夏之就清冬之就温焉,可以無及於寒暑之菑矣,非為畏死而不忠也。夫强言以為僇,而功澤不加,進傷為人君嚴之義,退害為人臣者之生,其為不利彌甚。故退身不舍端,修業不息版,以待清明。故微子不與於紂之難,而封於宋,以為殷主,先祖不滅,後世不絶。故曰:「大賢之德長。」
新字:「春采生,秋采蓏,夏処陰冬処陽」,此言聖人之動静、開闔、詘信、浧濡取与之必因於時也。時則動,不時則静,是以古之士有意而未可陽也,故愁其治,言含愁而蔵之也。賢人之処乱世也,知道之不可行,則沈抑以辟罰,静黙以侔免。辟之也,猶夏之就清冬之就温焉,可以無及於寒暑之菑矣,非為畏死而不忠也。夫强言以為僇,而功沢不加,進傷為人君厳之義,退害為人臣者之生,其為不利弥甚。故退身不舎端,修業不息版,以待清明。故微子不与於紂之難,而封於宋,以為殷主,先祖不滅,後世不絶。故曰:「大賢之徳長。」
書き下し
「春に生を采り、秋に蓏を采り、夏は陰に處り冬は陽に處る」とは、此れ聖人の動静・開闔・詘信・浧濡・取與の必ず時に因るを言うなり。時なれば則ち動き、時ならざれば則ち静かなり。是を以て古の士は意有りて未だ陽らかにす可からざるあり、故に其の治を愁う、愁いを含みて之を藏すを言うなり。賢人の亂世に處るや、道の行う可からざるを知れば、則ち沈抑して以て罰を辟け、静默して以て免るるを侔む。之を辟くるや、猶お夏の清きに就き冬の温かきに就くがごとし、以て寒暑の菑に及ぶこと無かる可し、死を畏れて忠ならざるを為すに非ざるなり。夫れ強いて言いて以て僇せられ、而して功澤加わらざれば、進んでは人君為るの嚴の義を傷り、退いては人臣為る者の生を害す、其の不利為ること彌々甚だし。故に身を退けて端を舍てず、業を修めて版を息めず、以て清明を待つ。故に微子は紂の難に與らずして、宋に封ぜられ、以て殷主と為り、先祖滅びず、後世絕えず。故に曰く「大賢の德長し」と。
現代語訳
「春には芽を採り、秋には瓜を採り、夏は日陰に居り冬は日向に居る」とは、聖人の動きと静けさ、開くと閉じる、屈すると伸ばす、満ちると潤す、取ると与えるが、必ず時によることを言ったものである。時であれば動き、時でなければ静かにする。だから昔の士は、思うところがあってもまだ表に出せないことがあり、その世の治まりを憂えた。憂いを内に含んでしまっておくことを言う。賢人が乱世にいるときは、道が行えないとわかれば、沈み控えて罰を避け、黙って難を免れようとする。それを避けるのは、夏に涼しいところへ行き冬に暖かいところへ行くようなもので、寒さ暑さの災いに遭わずにすむ。死を畏れて忠でないのではない。無理に言って処刑され、それで功も恵みも加わらないなら、進んでは君主の厳しさの義を傷つけ、退いては臣たる者の生を害する。その不利はいっそうひどい。だから身を退けても筋は捨てず、学びを修めて書板を置かず、澄んだ時を待つ。だから微子は紂の乱に加わらず、宋に封ぜられて殷の祭りの主となり、先祖は絶えず、後の世も絶えなかった。だから「大賢の徳は長く続く」という。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・首時①聖人の事に於ける、緩なるに似て急に、遲きに似て速かに、以て時を待つ。王季歷困しみて死す。文王之を苦しみ、有た羑里の醜を忘れざれども、時未だ可ならざるなり。武王之に事え、夙夜懈らざりしも、亦た玉門の辱を忘れず。立ちて十二年にして、甲子の事を成せり。時は固に得易からざるなり。太公望は東夷の士なり。一世を定めんと欲すれども其の主無し。文王の賢なるを聞き、故らに渭に釣りして以て之を觀る。
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呂氏春秋・審時①凡そ農の道は、時に厚きを寶と為す。木を斬ること時ならざれば、折れずんば必ず穗く。稼就って穫らざれば、必ず天の菑いに遇う。夫れ稼は之を為す者は人なり、之を生ずる者は地なり、之を養う者は天なり。是を以て人之を稼するに足を容れ、之を耨るに耨を容れ、之を據うに手を容る。此を之れ耕道と謂う。
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孫子・火攻篇火を行うには必ず因有り、烟火は必ず素より具う。火を発するに時有り、火を起こすに日有り。
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『管子』乘馬時の事に處るや精なり、藏めて舍く可からざるなり。故に曰く、今日為さざれば、明日貨を亡うと。昔の日已に往きて來たらざるなり。
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易経・彖伝艮(ごん)は、止まるなり。時、止まるべくんば則ち止まり、時、行くべくんば則ち行き、動静其の時を失わざれば、其の道光明なり。「其の止まるに艮(とど)まる」とは、其の所に止まるなり。上下敵応して、相い与(くみ)せざるなり。是を以て「其の身を獲(え)ず、其の庭に行きて、其の人を見ず、咎(とが)なし」となり。
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論語・微子篇微子これを去り、箕子これに為に奴となり、比干諫めて死す。孔子曰わく、殷に三仁有り。