管子 / 五輔
曰:民知德矣,而未知義,然後明行以導之義。義有七體。七體者何?曰:孝悌慈惠以養親戚,恭敬忠信以事君上,中正比宜以行禮節,整齊撙詘以辟刑僇,纎嗇省用以備飢饉,敦懞純固以備禍亂,和協輯睦以備冦戎。凡此七者,義之體也。夫民必知義然後中正,中正然後和調,和調乃能處安,處安然後動威,動威乃可以戰勝而守固。故曰:義不可不行也。
新字:曰:民知徳矣,而未知義,然後明行以導之義。義有七体。七体者何?曰:孝悌慈恵以養親戚,恭敬忠信以事君上,中正比宜以行礼節,整斉撙詘以辟刑僇,繊嗇省用以備飢饉,敦懞純固以備禍乱,和協輯睦以備寇戎。凡此七者,義之体也。夫民必知義然後中正,中正然後和調,和調乃能処安,処安然後動威,動威乃可以戦勝而守固。故曰:義不可不行也。
書き下し
曰く、民は德を知れり、而して未だ義を知らず、然る後に行を明らかにして以て之を義に導く。義に七體有り。七體とは何ぞや。曰く、孝悌慈惠にして以て親戚を養い、恭敬忠信にして以て君上に事え、中正比宜にして以て禮節を行い、整齊撙詘にして以て刑僇を辟け、纖嗇省用にして以て飢饉に備え、敦懞純固にして以て禍亂に備え、和協輯睦にして以て寇戎に備う。凡そ此の七つの者は、義の體なり。夫れ民必ず義を知りて然る後に中正、中正にして然る後に和調、和調にして乃ち能く處りて安く、處りて安くして然る後に動きて威あり、動きて威ありて乃ち以て戰いて勝ち守りて固かる可し。故に曰く、義は行わざる可からざるなり。
現代語訳
言う、民は徳を知った、しかしまだ義を知らない。そこで行いを明らかにして義へ導く。義には七つの体がある。孝悌と慈しみによって親族を養い、恭しく忠信であることによって君上に仕え、中正で程よくあることによって礼節を行い、整えて控えることによって刑罰を避け、細かに倹しく用を省くことによって飢饉に備え、篤く純で固いことによって禍乱に備え、和し協って睦むことによって外敵に備える。この七つが義の体である。民は必ず義を知って中正になり、中正になって和し調い、和し調ってはじめて居て安らかになり、安らかになって動いて威があり、動いて威があってはじめて戦って勝ち守って固くなれる。だから言う、義は行わないわけにいかない。
解説
この章句が説くこと
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