管子 / 七法
故有風雨之行,故能不逺道里矣。有飛鳥之舉,故能不險山河矣。有雷電之戰,故能獨行而無敵矣。有水旱之功,故能攻國救邑。有金城之守,故能定宗廟,育男女矣。有一體之治,故能出號令,明憲法矣。風雨之行者,速也。飛鳥之舉者,輕也。雷電之戰者,士不齊也。水旱之功者,野不收,耕不穫也。金城之守者,用貨財,設耳目也。一體之治者。去竒說。禁雕俗也。不逺道里,故能威絶域之民,不險山河,故能服恃固之國。獨行無敵,故令行而禁止。故攻國救邑,不恃權與之國,故所指必聽。定宗廟,育男女,天下莫之能傷,然後可以有國。制儀法,出號令,莫不嚮應,然後可以治民一衆矣。
新字:故有風雨之行,故能不遠道里矣。有飛鳥之舉,故能不険山河矣。有雷電之戦,故能独行而無敵矣。有水旱之功,故能攻国救邑。有金城之守,故能定宗廟,育男女矣。有一体之治,故能出号令,明憲法矣。風雨之行者,速也。飛鳥之舉者,軽也。雷電之戦者,士不斉也。水旱之功者,野不収,耕不穫也。金城之守者,用貨財,設耳目也。一体之治者。去奇説。禁雕俗也。不遠道里,故能威絶域之民,不険山河,故能服恃固之国。独行無敵,故令行而禁止。故攻国救邑,不恃権与之国,故所指必聴。定宗廟,育男女,天下莫之能傷,然後可以有国。制儀法,出号令,莫不嚮応,然後可以治民一衆矣。
書き下し
故に風雨の行有り、故に能く道里を遠しとせず。飛鳥の舉有り、故に能く山河を險しとせず。雷電の戰有り、故に能く獨行して敵無し。水旱の功有り、故に能く國を攻め邑を救う。金城の守有り、故に能く宗廟を定め、男女を育つ。一體の治有り、故に能く號令を出だし、憲法を明らかにす。風雨の行なる者は、速きなり。飛鳥の舉なる者は、輕きなり。雷電の戰なる者は、士齊わざるなり。水旱の功なる者は、野收まらず、耕して穫らざるなり。金城の守なる者は、貨財を用い、耳目を設くるなり。一體の治なる者は、奇說を去り、雕俗を禁ずるなり。道里を遠しとせず、故に能く絕域の民を威す。山河を險しとせず、故に能く固きを恃むの國を服す。獨行して敵無し、故に令行われて禁止まる。故に國を攻め邑を救うに、權與の國を恃まず、故に指す所必ず聽かる。宗廟を定め、男女を育つれば、天下之を能く傷るもの莫し、然る後に以て國を有つ可し。儀法を制し、號令を出だせば、嚮應せざるもの莫し、然る後に以て民を治め衆を一にす可し。
現代語訳
風雨のような進み方があるから、道のりを遠いとしない。飛ぶ鳥のような挙がり方があるから、山河を険しいとしない。雷電のような戦い方があるから、単独で動いて敵がない。水旱のような効き目があるから、国を攻め邑を救える。金城のような守りがあるから、宗廟を定め男女を育てられる。一体の治があるから、号令を出し憲法を明らかにできる。風雨の進み方とは、速いということである。飛ぶ鳥の挙がり方とは、軽いということである。雷電の戦い方とは、敵の兵がそろえないということである。水旱の効き目とは、敵の野が収まらず、耕しても穫れないということである。金城の守りとは、財貨を用い、耳と目を配ることである。一体の治とは、奇矯な説を退け、飾りに走る習わしを禁じることである。道のりを遠いとしないから、遠い地の民をも威せる。山河を険しいとしないから、堅固さを頼む国をも服させる。単独で動いて敵がないから、令が行われ禁が守られる。国を攻め邑を救うのに同盟国を頼まないから、指し示すところは必ず聞かれる。宗廟を定め男女を育てれば、天下にこれを損なえる者はない。そのうえで国を保てる。儀と法を制し号令を出せば、応じない者はない。そのうえで民を治め、人々を一つにできる。
解説
この章句が説くこと
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