管子 / 七法
百匿傷上威。姦吏傷官法。姦民傷俗教。賊盜傷國衆。威傷,則重在下。法傷,則貨上流。教傷,則從令者不輯。衆傷,則百姓不安其居。重在下,則令不行。貨上流,則官徒毁。從令者不輯,則百事無功。百姓不安其居,則輕民處而重民散,輕民處,重民散,則地不辟;地不辟,則六畜不育;六畜不育,則國貧而用不足;國貧而用不足,則兵弱而士不厲;兵弱而士不厲,則戰不勝而守不固;戰不勝而守不固,則國不安矣。
新字:百匿傷上威。姦吏傷官法。姦民傷俗教。賊盗傷国衆。威傷,則重在下。法傷,則貨上流。教傷,則従令者不輯。衆傷,則百姓不安其居。重在下,則令不行。貨上流,則官徒毀。従令者不輯,則百事無功。百姓不安其居,則軽民処而重民散,軽民処,重民散,則地不辟;地不辟,則六畜不育;六畜不育,則国貧而用不足;国貧而用不足,則兵弱而士不厲;兵弱而士不厲,則戦不勝而守不固;戦不勝而守不固,則国不安矣。
書き下し
百匿は上の威を傷る。姦吏は官法を傷る。姦民は俗教を傷る。賊盜は國衆を傷る。威傷らるれば、則ち重き下に在り。法傷らるれば、則ち貨上に流る。教傷らるれば、則ち令に從う者輯まらず。衆傷らるれば、則ち百姓其の居に安んぜず。重き下に在れば、則ち令行われず。貨上に流るれば、則ち官徒毀る。令に從う者輯まらざれば、則ち百事功無し。百姓其の居に安んぜざれば、則ち輕民處りて重民散ず。輕民處り、重民散ずれば、則ち地辟けず。地辟けざれば、則ち六畜育たず。六畜育たざれば、則ち國貧しくして用足らず。國貧しくして用足らざれば、則ち兵弱くして士厲まず。兵弱くして士厲まざれば、則ち戰いて勝たず守り固からず。戰いて勝たず守り固からざれば、則ち國安からず。
現代語訳
隠れた不正は上の威を損なう。よこしまな役人は官の法を損なう。よこしまな民は世の教えを損なう。賊や盗みは国の人々を損なう。威が損なわれれば重みは下に移る。法が損なわれれば財貨は上へ流れる。教えが損なわれれば令に従う者がまとまらない。人々が損なわれれば民は住まいに安んじない。重みが下にあれば令は行われない。財貨が上へ流れれば官の人々は崩れる。令に従う者がまとまらなければ、あらゆる事に功がない。民が住まいに安んじなければ、軽々しい民が居残り、重んじるべき民が散っていく。軽い民が居残り重い民が散れば土地は開かれない。土地が開かれなければ六畜は育たない。六畜が育たなければ国は貧しく用は足りない。国が貧しく用が足りなければ兵は弱く士は励まない。兵が弱く士が励まなければ、戦っても勝てず守っても固くない。戦って勝てず守りも固くなければ、国は安らかでない。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第十四一上の剛强成る男の仕形は、平生も陣の時は猶ほ以て人にもかまはず働き、前にも我しはざを分別にて工夫し、其塲へ出ては機のきいたる才覚を以て手抦をせんと思ふより、人にも一円搆はぬ者なり、二中の機のきいたる男は上の人に負けまじと機をきいて馳り廻り、上の人におとりて見へぬ者なり、三下の男は只の儀もなく上中の人がゆかば、我等もまいらんとて、ふたりの人に目をつけてつきそひまはる者なり、四其外の男は皆人なみと申すなり、上の男は侍百人の中にふたり、中の男は百人の内に六人、下の男は百人の中に十二人、残て八十人は並なり、
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『徂徠先生答問書』卷中されば人々如此心懸候故、見え兼るもことわりにて候。足下も御先祖様の時代の事御聞可被成候。今の世より見候へば、其時分に名を申候能人と申候は皆疵物にて候。是別の子細に無御座候。其時分はぬり隠し申候事無御座候故、疵見え申候。疵見え申候得ば、人才は見え申候。今時も世上の悪俗に染不申候人は疵多く御座候間、疵物にならでは人才はなき物と被思召、疵物の内にて御ゑらび可被成候。疵もなく才も長じ候人を御尋候はゞ、最前申候御物ずきの注文と申物にて、疵なき人は郷原か巧言令色か扨は庸人と可被思召候。以上。
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尉繚子・武議兵を起こして直ちに甲冑をして蟣蝨(きしつ)を生ぜしむる者は、必ず吾が効用を為す所なり。鷙鳥の雀を逐ふに、人の懐を襲ひ、人の室に入る者有るは、生を出だすに非ざるなり、後ろに憚る有ればなり。太公望、年七十にして、牛を朝歌に屠り、食を盟津に売り、七十余を過ぐるも主聴かず、人人之を狂夫と謂ふなり。文王に遇ふに及びては、則ち三万の衆を提げ、一戦して天下定まる、武議に非ずんば安くんぞ能く此に合はんや。故に曰く、
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