管子 / 乘馬
地者,政之本也。朝者,義之理也。市者,貨之凖也。黄金者,用之量也。諸侯之地,千乘之國者,器之制也。五者,其理可知也,為之有道。
新字:地者,政之本也。朝者,義之理也。市者,貨之凖也。黄金者,用之量也。諸侯之地,千乗之国者,器之制也。五者,其理可知也,為之有道。
書き下し
地なる者は、政の本なり。朝なる者は、義の理なり。市なる者は、貨の準なり。黄金なる者は、用の量なり。諸侯の地、千乘の國なる者は、器の制なり。五つの者、其の理知る可きなり、之を為すに道有り。
現代語訳
土地は政のもとである。朝廷は義の筋道である。市場は財貨のものさしである。黄金は入り用の量りである。諸侯の地、千乗の国というのは、備えるべき器の定めである。この五つは、その理を知ることができる。行うのに道がある。
解説
乗馬篇の骨組みを先に示した、目次のような段です。土地・朝廷・市場・黄金・国の大きさ。この五つを順に解いていくと予告します。並べ方に目を留めたいところで、政の本が土地から始まり、義が朝廷、値打ちのものさしが市場、量りが黄金と続きます。抽象の言葉ではなく、目に見える五つの場所と物で国を測ろうとしています。
この章句が説くこと
地なる者は政の本なり朝なる者は義の理なり市なる者は貨の準なり黄金なる者は用の量なり諸侯の地千乗の国なる者は器の制なり五つの者其の理知る可きなり之を為すに道有り指標土地
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