孫子 / 九地篇
我可以往,彼可以來者,為交地;
新字:我可以往,彼可以来者,為交地;
書き下し
我以て往く可く、彼以て来たる可き者を、交地と為す。
現代語訳
自分も行くことができ、相手も来ることができる場所を、交地という。
解説
第四の地。双方に通行の自由がある場所である。争地が価値の対称性だったのに対して、交地は移動の対称性を言っている。自分が入れる場所には相手も入れる。当たり前のようだが、忘れられやすい事実だ。参入障壁の低い市場がこれにあたる。自社が簡単に始められた事業は、他社も簡単に始められる。始めやすさは魅力に見えるが、同じ理由で守りにくい。孫子は交地では分断されるなと言う。つながりを断たれることが最大の危険だからだ。事業でも、参入が容易な領域では、供給網や顧客との接点を切られる形で崩される。押さえるべきは陣地ではなく、線である。始めやすい市場に入るときほど、何が自分の線なのかを先に決めておく必要がある。
この章句が説くこと
交地往来参入障壁市場対称分断
関連する章句
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礼記・曲礼上大上(たいじょう)は徳を貴び、其の次は施報に務む。礼は往来を尚(たっと)ぶ。往きて来たらざるは、礼に非ざるなり。来たりて往かざるも、亦た礼に非ざるなり。人、礼有れば則ち安く、礼無ければ則ち危うし。故に曰く、「礼は学ばざるべからず」と。夫れ礼は、自ら卑(ひく)くして人を尊ぶ。負販(ふはん)の者と雖も、必ず尊ぶこと有り、而るを況(いわ)んや富貴をや。富貴にして礼を好むを知れば、則ち驕らず淫せず。貧賤にして礼を好むを知れば、則ち志懾(おそ)れず。
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『長短経』地形我得れば則ち利あり、彼得るも亦た利ある者を、争地と為す〔少を以て衆に勝ち、弱を以て強に勝つべし。山水の阨口、険固の利有りて、両敵の争う所を謂う。故に経に曰く、争地は、吾将に其の後に趣かんとす、と〕。我以て往くべく、彼以て来たるべきを、交地と為す〔道上相交錯し、平地に数道有りて、往来交通し、絶つべき無きなり。故に経に曰く、交地は、吾将に其の結を固めんとす、と〕。諸侯の地三属し〔我と敵と相対して、旁に他国有るなり〕、先に至りて天下の衆を得る者を、衢地と為す〔先に其の地に至らば、諸侯の衆を交結して助けと為すべきなり。故に経に曰く、衢地は、吾将に其の守りを謹まんとす、と〕。
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孫子・虚実篇夫れ兵の形は水に象る。水の行くは高きを避けて下きに趨く。兵の勝つは実を避けて虚を撃つ。
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