管子 / 立政
度爵而制服,量禄而用財。飲食有量,衣服有制,宫室有度,六畜人徒有數,舟車陳器有禁。脩生則有軒冕、服位、榖禄、田宅之分,死則有棺槨、絞衾、壙壟之度。雖有賢身貴體,毋其爵不敢服其服;雖有富家多資,毋其禄不敢用其財。天子服文有章,而夫人不敢以燕以饗廟。將軍大夫以朝,官吏以命,士止于帶緣。散民不敢服襍采,百工商賈不得服長鬈貂,刑餘戮民不敢服絻,不敢畜連乘車。
新字:度爵而制服,量禄而用財。飲食有量,衣服有制,宮室有度,六畜人徒有数,舟車陳器有禁。脩生則有軒冕、服位、穀禄、田宅之分,死則有棺槨、絞衾、壙壟之度。雖有賢身貴体,毋其爵不敢服其服;雖有富家多資,毋其禄不敢用其財。天子服文有章,而夫人不敢以燕以饗廟。将軍大夫以朝,官吏以命,士止于帯縁。散民不敢服襍采,百工商賈不得服長鬈貂,刑余戮民不敢服絻,不敢畜連乗車。
書き下し
爵を度りて服を制し、禄を量りて財を用う。飲食に量有り、衣服に制有り、宮室に度有り、六畜人徒に數有り、舟車陳器に禁有り。生きては則ち軒冕・服位・穀禄・田宅の分有り、死しては則ち棺槨・絞衾・壙壟の度有り。賢身貴體有りと雖も、其の爵無くんば敢えて其の服を服せず。富家多資有りと雖も、其の禄無くんば敢えて其の財を用いず。天子の服には文章有り、而して夫人は敢えて以て燕し以て廟に饗せず。將軍大夫は以て朝し、官吏は命を以てし、士は帶緣に止まる。散民は敢えて襍采を服せず、百工商賈は長鬈貂を服するを得ず、刑餘戮民は敢えて絻を服せず、敢えて連乘の車を畜わず。
現代語訳
爵位を測って礼服を定め、禄を量って財の使い方を決める。飲食に量があり、衣服に制があり、住まいに寸法があり、六畜や使用人に数があり、舟車や器物に禁がある。生きているうちは車と冠、身分の席、禄と田宅の分があり、死ねば棺と槨、遺体を包むもの、墓の寸法が定まっている。すぐれた身や貴い体を持っていても、その爵がなければその服は着ない。富んだ家に資産が多くても、その禄がなければその財は使わない。天子の服には模様があるが、夫人はそれを日常や廟の饗宴に用いない。将軍や大夫は朝廷でこれを着、官吏は任命に応じ、士は帯の縁までとする。ふつうの民は色を混ぜた織物を着ず、職人や商人は長い毛皮や貂を着ることができず、刑を受けた者は冠をかぶらず、車を連ねて持つこともできない。
解説
この章句が説くこと
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