管子 / 牧民
錯國於不傾之地,積於不涸之倉,藏於不竭之府,下令於流水之原。使民於不爭之官,明必死之路,開必得之門。不為不可成,不求不可得,不處不可久,不行不可復。錯國於不傾之地者,授有德也。積於不涸之倉者,務五榖也。藏於不竭之府者,養桑麻、育六畜也。下令於流水之原者,令順民心也。使民於不争之官者,使各為其所長也。明必死之路者,嚴刑罰也。開必得之門者,信慶賞也。不為不可成者,量民力也。不求不可得者,不彊民以其所惡也。不處不可久者,不偷取一世也。不行不可復者,不欺其民也。
新字:錯国於不傾之地,積於不涸之倉,蔵於不竭之府,下令於流水之原。使民於不争之官,明必死之路,開必得之門。不為不可成,不求不可得,不処不可久,不行不可復。錯国於不傾之地者,授有徳也。積於不涸之倉者,務五榖也。蔵於不竭之府者,養桑麻、育六畜也。下令於流水之原者,令順民心也。使民於不争之官者,使各為其所長也。明必死之路者,厳刑罰也。開必得之門者,信慶賞也。不為不可成者,量民力也。不求不可得者,不彊民以其所悪也。不処不可久者,不偷取一世也。不行不可復者,不欺其民也。
書き下し
國を不傾の地に錯き、不涸の倉に積み、不竭の府に藏め、流水の原に令を下す。民を不爭の官に使い、必死の路を明らかにし、必得の門を開く。成る可からざるを為さず、得可からざるを求めず、久しかる可からざるに處らず、復す可からざるを行わず。國を不傾の地に錯くとは、有德に授くるなり。不涸の倉に積むとは、五穀に務むるなり。不竭の府に藏むとは、桑麻を養い六畜を育つるなり。流水の原に令を下すとは、令の民心に順うなり。民を不爭の官に使うとは、各々其の長ずる所を為さしむるなり。必死の路を明らかにするとは、刑罰を嚴にするなり。必得の門を開くとは、慶賞を信にするなり。成る可からざるを為さずとは、民力を量るなり。得可からざるを求めずとは、民に其の惡む所を彊いざるなり。久しかる可からざるに處らずとは、一世を偷み取らざるなり。復す可からざるを行わずとは、其の民を欺かざるなり。
現代語訳
国を傾かない土地に据え、涸れない倉に積み、尽きない蔵に納め、流れる水の源から命令を下す。民を争いのない役につかせ、必ず死ぬ道を明示し、必ず得られる門を開く。成らないことをせず、得られないことを求めず、長続きしないところに居ず、取り返しのつかないことをしない。──国を傾かない土地に据えるとは、徳のある者に授けることである。涸れない倉に積むとは、穀物に力を注ぐことである。尽きない蔵に納めるとは、桑と麻を育て六畜を養うことである。流れる水の源から命令を下すとは、命令が民の心に沿うことである。民を争いのない役につかせるとは、それぞれ得意なことをさせることである。必ず死ぬ道を明示するとは、刑罰を厳しくすることである。必ず得られる門を開くとは、賞を必ず出すことである。成らないことをしないとは、民の力を量ることである。得られないことを求めないとは、民に嫌がることを強いないことである。長続きしないところに居ないとは、一代だけをかすめ取らないことである。取り返しのつかないことをしないとは、民を欺かないことである。
解説
この章句が説くこと
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