韓非子 / 外儲説右下第三十五
故王良、造父,天下之善御者也,然而使王良操左革而叱咤之,使造父操右革而鞭笞之,馬不能行十里,共故也。
書き下し
故に王良・造父は、天下の善く御する者なり。然り而して王良をして左革を操りて之を叱咤せしめ、造父をして右革を操りて之を鞭笞せしめば、馬十里を行くこと能わず。共にする故なり。
現代語訳
王良と造父は、天下で最も馬を御するのが上手い者である。それなのに王良に左の手綱を取らせて叱咤させ、造父に右の手綱を取らせて鞭打たせれば、馬は十里も進めない。二人で共にやるからである。
解説
名人を二人並べたら、下手一人より悪くなるという例え話である。しかも二人とも本気で、正しくやっている。それでも馬は進まない。原因は能力ではなく、手綱が二本に分かれていることだ。この寓話の強さは、両者の善意と能力を前提にしているところにある。責任者を二人置くと機能しないのは、片方が無能だからでも、対立しているからでもない。優秀な二人が、それぞれ正しいと思う方向に引くから進まないのである。組織でよく見る形だ。重要案件に二人の責任者を立てる。周囲は慎重で手厚い体制だと考える。だが現場から見れば、誰の判断で動けばよいかが分からない。十里も進めないという具体的な数字が効いている。少し遅くなるのではなく、ほとんど進まない。
この章句が説くこと
共御二頭立て責任者権限寓話
関連する章句
-
『韓非子』外儲説右上第三十四夫れ鳥を馴らす者は其の下翎を断つ。其の下翎を斷たば、則ち必ず人に恃みて食う。焉んぞ馴れざるを得んや。夫れ明主の臣を畜うも亦た然り。
-
『韓非子』難勢第四十堯も匹夫為らば、三人を治むること能わじ、而して桀天子為れば、能く天下を亂る。吾此を以て勢位の恃むに足り、而して賢智の慕うに足らざるを知るなり。
-
論語・八佾篇林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」
-
『韓非子』二柄第七人主、自ら其の刑徳を用うれば、則ち群臣、其の威を畏れて其の利に歸せん。
-
論語・季氏篇孔子曰く、天下に道有れば、則ち礼楽征伐は天子より出づ。天下に道無ければ、則ち礼楽征伐は諸侯より出づ。諸侯より出づれば、蓋し十世にして失わざるは希なり。大夫より出づれば、五世にして失わざるは希なり。陪臣国命を執れば、三世にして失わざるは希なり。天下に道有れば、則ち政は大夫に在らず。天下に道有れば、則ち庶人は議せず。
-
『墨子』尚賢上故に古者、聖王の政を為すや、徳を别ちて賢を尚び、農と工肆の人に在りと雖も、能有れば則ち之を舉げ、髙く之に爵を予え、重く之に祿を予え、之に任ずるに事を以てし、斷じて之に令を予う。曰く、「爵位髙からざれば則ち民敬わず、蓄祿厚からざれば則ち民信ぜず、政令斷ぜざれば則ち民畏れず」と。三者を舉げて之を賢者に授くるは、賢の為に賜うに非ざるなり、其の事の成らんことを欲すればなり。故に是の時に當たりて、徳を以て列に就き、官を以て事に服し、勞を以て賞を殿し、功を量りて祿を分かつ。故に官に常の貴無く、民に終の賤無し。能有れば則ち之を舉げ、能無ければ則ち之を下す。公義を舉げ、私怨を辟く。此れ若の言の謂いなり。