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韓非子 / 內儲說上七術第三十

一曰:殷之法,弃灰于公道者斷其手。子貢曰:「弃灰之罪輕,斷手之罰重,古人何太毅也?」曰:「無弃灰,所易也;斷手,所惡也。行所易,不關所惡,古人以爲易,故行之。」中山之相樂池以車百乘使趙,選其客之有智能者以爲將行,中道而亂。樂池曰:「吾以公爲有智,而使公爲將行,今中道而亂,何也?」客因辭而去,曰:「公不知治。有威足以服人,而利足以勸之,故能治之。今臣,君之少客也。夫從少正長,從賤治貴,而不得操其利害之柄以制之,此所以亂也。嘗試使臣:彼之善者我能以爲卿相,彼不善者我得以斬其首,何故而不治!」公孫鞅之法也重輕罪。重罪者,人之所難犯也;而小過者,人之所易去也。使人去其所易,無離其所難,此治之道。夫小過不生,大罪不至,是人無罪而亂不生也。一曰:公孫鞅曰:「行刑重其輕者,輕者不至,重者不来,是謂以刑去刑也。」荆南之地,麗水之中生金,人多竊采金。采金之禁:得而輒辜磔於市。甚衆,壅離其水也,而人竊金不止。大罪莫重辜磔於市,猶不止者,不必得也。故今有於此曰「予汝天下而殺汝身」,庸人不爲也。夫有天下,大利也,猶不爲者,知必死。故不必得也,則雖辜磔,竊金不止;知必死,則有天下不爲也。

新字:一曰:殷之法,弃灰于公道者断其手。子貢曰:「弃灰之罪軽,断手之罰重,古人何太毅也?」曰:「無弃灰,所易也;断手,所悪也。行所易,不関所悪,古人以為易,故行之。」中山之相楽池以車百乗使趙,選其客之有智能者以為将行,中道而乱。楽池曰:「吾以公為有智,而使公為将行,今中道而乱,何也?」客因辞而去,曰:「公不知治。有威足以服人,而利足以勧之,故能治之。今臣,君之少客也。夫従少正長,従賤治貴,而不得操其利害之柄以制之,此所以乱也。嘗試使臣:彼之善者我能以為卿相,彼不善者我得以斬其首,何故而不治!」公孫鞅之法也重軽罪。重罪者,人之所難犯也;而小過者,人之所易去也。使人去其所易,無離其所難,此治之道。夫小過不生,大罪不至,是人無罪而乱不生也。一曰:公孫鞅曰:「行刑重其軽者,軽者不至,重者不来,是謂以刑去刑也。」荆南之地,麗水之中生金,人多窃采金。采金之禁:得而輒辜磔於市。甚衆,壅離其水也,而人窃金不止。大罪莫重辜磔於市,猶不止者,不必得也。故今有於此曰「予汝天下而殺汝身」,庸人不為也。夫有天下,大利也,猶不為者,知必死。故不必得也,則雖辜磔,窃金不止;知必死,則有天下不為也。

書き下し

一に曰く、殷の法、灰を公道に棄つる者は其の手を断つ。子貢曰く、「灰を棄つるの罪は軽く、手を断つの罰は重し。古人何ぞ太だ毅なるや」と。曰く、「灰を棄つる無きは易き所なり。手を断つは悪む所なり。易き所を行ひて、悪む所に関はらざる、古人以て易しと為す、故に之を行ふ」と。中山の相楽池、車百乗を以て趙に使ひし、其の客の智能有る者を選びて以て将行と為すも、中道にして乱る。楽池曰く、「吾公を以て智有りと為して、公をして将行為らしむ。今中道にして乱るるは何ぞや」と。客因りて辞して去りて曰く、「公は治を知らず。威は以て人を服するに足り、利は以て之を勧むるに足る有り、故に能く之を治む。今臣は君の少客なり。夫れ少を以て長を正し、賤を以て貴を治めて、其の利害の柄を操りて以て之を制することを得ず、此れ乱るる所以なり。嘗試みに臣をして、彼の善き者は我能く以て卿相と為し、彼の善からざる者は我其の首を斬ることを得しめば、何の故にか治まらざらん」と。公孫鞅の法や軽罪を重くす。重罪は人の犯し難き所なり。而して小過は人の去り易き所なり。人をして其の易き所を去らしめて、其の難き所に離る無からしむる、此れ治の道なり。夫れ小過生ぜず、大罪至らず、是れ人罪無くして乱生ぜざるなり。一に曰く、公孫鞅曰く、「刑を行ふに其の軽き者を重くすれば、軽き者至らず、重き者来らず、是を刑を以て刑を去ると謂ふ」と。荊南の地、麗水の中に金を生じ、人多く窃かに金を采る。采金の禁、得れば輒ち市に辜磔す。甚だ衆く、其の水を壅離するも、人の金を窃むこと止まず。大罪は市に辜磔するより重きは莫きも、猶ほ止まざるは、必ずしも得られざればなり。故に今此に「汝に天下を予へて汝の身を殺さん」と曰ふもの有らば、庸人も為さざるなり。夫れ天下を有つは大利なり、猶ほ為さざるは、必ず死するを知ればなり。故に必ずしも得られざれば、則ち辜磔すと雖も、金を窃むこと止まず。必ず死するを知れば、則ち天下を有つとも為さざるなり。

現代語訳

別の伝えでは、殷の法では、灰を公道に捨てた者はその手を切り落とされた。子貢が言った。「灰を捨てる罪は軽く、手を切る罰は重い。昔の人はなぜこれほど苛烈だったのでしょう」。(孔子は)言った。「灰を捨てないことはたやすいことだ。手を切られることは誰もが嫌うことだ。たやすいことを行って、嫌うことにかかわらないようにする。昔の人はそれをたやすいと考えたから、これを行ったのだ」。中山国の宰相の楽池が、車百台を率いて趙へ使いに行くことになり、食客の中から知恵と能力のある者を選んで副使(将行)にしたが、途中で隊列が乱れた。楽池は言った。「わたしはあなたに知恵があると思って副使にしたのに、いま途中で乱れたのはなぜか」。客はそこで辞職を申し出て立ち去ろうとして言った。「あなたは治め方をご存じない。威光が人を従わせるのに足り、利益が人を励ますのに足りてこそ、治めることができるのです。いまわたしはあなたの新参の客にすぎません。若輩が年長者を正し、身分の低い者が高い者を治めようとしても、利害の権限を握って制することができない。これが乱れた理由です。試しにわたしに、あの中の善い者はわたしが卿や宰相に取り立てることができ、善くない者はわたしがその首を斬ることができるようにしてごらんなさい。どうして治まらないことがありましょう」。公孫鞅(商鞅)の法は、軽い罪を重く罰した。重い罪は人がなかなか犯さないものであり、小さな過ちは人がたやすくやめられるものである。人にやめやすいものをやめさせ、犯しにくいものに近づかせない。これが治める道である。小さな過ちが生じず、大きな罪も起こらなければ、人は罪を犯さず、乱れも生じない。別の伝えでは、公孫鞅はこう言った。「刑を行うのに軽い罪を重く罰すれば、軽い罪は起こらず、重い罪も起こらない。これを刑によって刑をなくすという」。楚の南の地の麗水の中からは金が採れ、多くの人がひそかに金を採っていた。採金の禁令では、捕らえればただちに市場で八つ裂きの刑にした。処刑された者は非常に多く、その死体で川がせき止められるほどであったが、人々が金を盗むことはやまなかった。罪として市場での八つ裂きより重いものはないのに、それでもやまないのは、必ず捕まるとは限らないからである。だからいま、ここに「お前に天下を与える代わりにお前を殺す」と言う者があれば、凡人でもそれを受けはしない。天下を持つことは大きな利益なのに、それでも受けないのは、必ず死ぬことを知っているからである。だから、必ず捕まるとは限らなければ、八つ裂きの刑にしても金を盗むことはやまない。必ず死ぬと知っていれば、天下を持てるとしても受けはしないのである。

解説

必罰の術の説話の中心です。殷の法が灰を捨てた者の手を切った話は、商鞅の重刑論の先例として、孔子と子貢の問答の形で語られます。楽池の副使が隊列を治められなかったのは、人を昇進させたり罰したりする権限を持っていなかったからで、賞罰の柄を持たない者に統率を任せても無理だという教えです。商鞅の「刑を以て刑を去る」は、軽い罪を重く罰すれば誰も罪を犯さなくなり、結局刑罰そのものがなくなるという論理です。麗水の金の話は、罰の重さより必ず捕まることの方が抑止力になるという、現代の刑事政策にも通じる洞察です。規則違反が減らないときは、罰を重くするより、違反を確実に見つける仕組みを先に整える方が効きます。

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