格言聯璧 / 悖凶類・福は禍ひ無きより大なるは莫し
科第本消退之根,而人以為長進之根。 盛者衰之始,福者禍之基。 福莫大於無禍,禍莫大於邀福。
書き下し
科第は本と消退の根なり、而るに人以て長進の根と為す。 盛んなるは衰ふるの始めなり、福は禍ひの基なり。 福は禍ひ無きより大なるは莫く、禍ひは福を邀ふるより大なるは莫し。
現代語訳
科挙に合格することは、もともと(慢心して)衰えていく根になりやすいものなのに、人はそれを伸びていく根だと考えています。 盛んであることは衰えることの始まりであり、福は災いの土台です。 福は災いがないことより大きなものはなく、災いは福を求めることより大きなものはありません。
解説
最初の句は前の単位の読書、做官、壮年の句に続く四つ目の句で、科挙の合格は出世の始まりと思われがちだが、慢心して学びをやめ、衰えていく根になりやすいと説きます。科第は科挙の及第のことです。次の句は『老子』の「禍は福の倚る所、福は禍の伏す所」に通じる考えで、盛と衰、福と禍が表裏一体であることを示します。最後の対句は悖凶類の締めくくりにふさわしく、最大の福は禍がないこと、最大の禍は福を追い求めることだと言います。大きな幸運を求めるより、災いを招かない平穏な日々を福と見る考え方です。合格や昇進のような節目にこそ、慢心せず学び続けることの大切さを思い出させてくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
禍福謙虚学問盛衰知足
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