格言聯璧 / 悖凶類・詩書を借りて戲謔するは聖を侮る
行垢不湔,德缺不補,對天豈無愧心。 供人欣賞,儕風月於煙花,是曰褻天。 逞我機鋒,借詩書以戲謔,是名侮聖。 罪莫大於褻天,惡莫大於無恥,過莫大於多言。
新字:行垢不湔,徳欠不補,対天豈無愧心。 供人欣賞,儕風月於煙花,是曰褻天。 逞我機鋒,借詩書以戯謔,是名侮聖。 罪莫大於褻天,悪莫大於無恥,過莫大於多言。
書き下し
行ひ垢づけども湔はず、德缺くれども補はずんば、天に對して豈に愧づる心無からんや。 人の欣賞に供へ、風月を煙花に儕しくす、是れを天を褻すと曰ふ。 我が機鋒を逞しくし、詩書を借りて以て戲謔す、是れを聖を侮ると名づく。 罪は天を褻すより大なるは莫く、惡は恥無きより大なるは莫く、過ちは言多きより大なるは莫し。
現代語訳
行いが汚れても洗わず、徳が欠けても補わなければ、天に向かってどうして恥じる心がないことがありましょうか。 人の楽しみに供するために、風や月(自然の美)を遊里の色事と同列に扱うこと、これを天を汚すといいます。 自分の鋭い弁舌をひけらかし、詩書(聖賢の書)を借りて冗談の種にすること、これを聖人を侮るといいます。 罪は天を汚すことより大きなものはなく、悪は恥を知らないことより大きなものはなく、過ちは口数が多いことより大きなものはありません。
解説
最初の句は前の単位の衣と器の句と対になり、身の回りの汚れは人前で恥じるのに、行いや徳の汚れはなぜ天の前で恥じないのかと問いかけます。次の対句は、言葉の遊びが越えてはならない一線を示します。煙花は遊里のことで、風月の美を色事の飾りにおとしめるのを褻天、聖賢の書を皮肉やしゃれの材料にするのを侮聖と呼んでいます。機鋒は禅僧の問答に由来する語で、鋭い弁舌のことです。最後の句はそれらを締めくくり、罪、悪、過の最大のものを褻天、無恥、多言と三つ並べます。気の利いた一言のために、大切なものを軽く扱っていないか。言葉が軽く流れやすい時代だからこそ、読み返したい一句です。
この章句が説くこと
慎言廉恥敬虔修身戒め
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