格言聯璧 / 悖凶類・一善を為して此の心快愜す
為一善而此心快愜,不必自言,而鄉黨稱譽之,君子敬禮之,鬼神福祚之,身後傳誦之。 為一惡而此心愧怍,雖欲掩護,而鄉黨傳笑之,王法刑辱之,鬼神災禍之,身後指說之。
新字:為一善而此心快愜,不必自言,而郷党称誉之,君子敬礼之,鬼神福祚之,身後伝誦之。 為一悪而此心愧怍,雖欲掩護,而郷党伝笑之,王法刑辱之,鬼神災禍之,身後指説之。
書き下し
一善を為して此の心快愜す、必ずしも自ら言はずして、鄉黨之を稱譽し、君子之を敬禮し、鬼神之に福祚し、身後之を傳誦す。 一惡を為して此の心愧怍す、掩護せんと欲すと雖も、鄉黨之を傳笑し、王法之を刑辱し、鬼神之に災禍し、身後之を指說す。
現代語訳
一つ善いことをすれば心はすがすがしく満ち足ります。自分から言わなくても、郷里の人々はほめたたえ、君子は敬って礼をつくし、鬼神は福を授け、死後も語り継がれます。 一つ悪いことをすれば心は恥じ入ります。隠そうとしても、郷里の人々は笑いぐさとして言い広め、国の法は刑罰で辱め、鬼神は災いを下し、死後も後ろ指をさされます。
解説
前の単位と同じ型を、さらに細かく展開した対句です。善も悪も、まず自分の心に快愜か愧怍かという反応が現れ、次に郷里、君子や王法、鬼神、そして死後の評価へと、四段階で報いが広がっていきます。快愜はすがすがしく満ち足りること、愧怍は恥じ入ることです。善のほうは自ら言わなくても知られ、悪のほうは隠そうとしても知られるという対比が要点で、人の行いは結局隠しきれないと説きます。最初の報いが自分の心の中にあるという点が大切です。何かをした直後の心の感触を確かめる習慣は、外からの評価を待つまでもなく、自分の行いを正す一番早い手がかりになります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
善悪因果良心処世評判
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