格言聯璧 / 悖凶類・善を行ふは春園の草の如し
力可行善而不行,即是惡。 於福作罪,其罪非輕! 於苦作福,其福最大! 行善如春園之草,不見其長,日有所增。 行惡如磨刀之磚,不見其消,日有所損。
新字:力可行善而不行,即是悪。 於福作罪,其罪非軽! 於苦作福,其福最大! 行善如春園之草,不見其長,日有所增。 行悪如磨刀之磚,不見其消,日有所損。
書き下し
力善を行ふべくして行はざるは、即ち是れ惡なり。 福に於て罪を作す、其の罪輕きに非ず。 苦に於て福を作す、其の福最も大なり。 善を行ふは春園の草の如し、其の長ずるを見ずして、日に增す所有り。 惡を行ふは刀を磨くの磚の如し、其の消ゆるを見ずして、日に損ずる所有り。
現代語訳
善を行える力がありながら行わないのは、それがそのまま悪です。 恵まれた境遇にあって罪をつくれば、その罪は軽くありません。 苦しい境遇にあって福をつくれば、その福は最も大きいのです。 善を行うことは春の庭の草のようなものです。伸びるのは目に見えなくても、日ごとに増えていきます。 悪を行うことは刀を研ぐ砥石のようなものです。減るのは目に見えなくても、日ごとにすり減っていきます。
解説
一行目は前の単位の「勢可為惡而不為」と対になり、善を行える力を持ちながら行わないのも悪だと言います。しないことにも責任がある、という厳しい見方です。続く対句は、福の中で罪をつくるのは重く、苦の中で福をつくるのは大きいと、境遇による重みの違いを説きます。最後の対句は、善と悪の積み重ねを、春の草と砥石にたとえたもので、この書でもとくに知られた句です。日々の変化は見えなくても、善は少しずつ育ち、悪は少しずつ身を削っていきます。目に見えない変化に目を向けさせる言い方が巧みです。小さな習慣の良し悪しが、気づかないうちに人生を形づくることを、見事なたとえで示しています。
この章句が説くこと
積善習慣報い禍福修身
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