格言聯璧 / 悖凶類・奢を以て福有りと為す
以奢為有福,以殺為有祿,以淫為有緣,以詐為有謀,以貪為有為,以吝為有守,以爭為有氣,以嗔為有威,以賭為有技,以訟為有才。
新字:以奢為有福,以殺為有禄,以淫為有縁,以詐為有謀,以貪為有為,以吝為有守,以争為有気,以嗔為有威,以賭為有技,以訟為有才。
書き下し
奢を以て福有りと為し、殺を以て祿有りと為し、淫を以て緣有りと為し、詐を以て謀有りと為し、貪を以て為す有りと為し、吝を以て守る有りと為し、爭を以て氣有りと為し、嗔を以て威有りと為し、賭を以て技有りと為し、訟を以て才有りと為す。
現代語訳
世の人は、ぜいたくを福があることと見なし、生き物を殺して食べることを食禄に恵まれていることと見なし、みだらなことを縁があることと見なし、人を欺くことを知略があることと見なし、貪ることをやり手であることと見なし、けちであることを身を守る堅実さと見なし、争うことを気概があることと見なし、怒ることを威厳があることと見なし、賭け事を腕があることと見なし、訴訟を起こすことを才覚があることと見なしています。
解説
十の悪徳を十の美徳と取り違える世の風潮を、同じ型の句を十回重ねて並べた一句です。奢と福、詐と謀、吝と守、爭と氣、嗔と威のように、悪徳のほうが一見すると美徳に似た顔を持っているところが要点です。ぜいたくは豊かさに、ずるさは知恵に、けちは堅実さに、けんか腰は気概に、怒りっぽさは威厳に見えやすいのです。嗔は仏教語で怒りのこと、訟は訴訟です。悖凶類は道にそむいて凶を招くことを集めた類で、この句は凶の入口がこうした言い換えにあると示しています。自分や組織の中で、どの悪徳がどんな美しい名前で呼ばれているかを点検してみると、思わぬ発見があるかもしれません。
この章句が説くこと
善悪奢侈処世自省戒め
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