格言聯璧 / 惠吉類・書を讀みて俗を醫す
明鏡止水以澄心,泰山喬以立身,青天白日以應事,霽月光風以待人。 省費醫貧,彈琴醫躁,獨臥醫淫,隨緣醫愁,讀書醫俗。 以鮮花視美色,則孽障自消。
新字:明鏡止水以澄心,泰山喬以立身,青天白日以応事,霽月光風以待人。 省費医貧,弾琴医躁,独臥医淫,随縁医愁,読書医俗。 以鮮花視美色,則孽障自消。
書き下し
明鏡止水以て心を澄まし、泰山喬以て身を立て、青天白日以て事に應じ、霽月光風以て人を待つ。 費を省きて貧を醫し、琴を彈じて躁を醫し、獨り臥して淫を醫し、緣に隨ひて愁を醫し、書を讀みて俗を醫す。 鮮花を以て美色を視れば、則ち孽障自ら消ゆ。
現代語訳
曇りのない鏡や静かな水のように心を澄ませ、泰山や高い山のように身を立て、晴れた空と白日のように事に当たり、雨上がりの月と光る風のように人に接します。 出費を省いて貧しさを治し、琴を弾いていらだちを治し、一人で寝て色欲を治し、縁に従って憂いを治し、書を読んで俗っぽさを治します。 美しい女性を鮮やかな花を見るように眺めれば、罪の障りは自然に消えます。
解説
一行目は四つの自然のたとえで、心・身・事・人への構えを示します。明鏡止水は『荘子』に由来する語で、澄んだ心のたとえです。二つ目の「泰山喬」は、本来「泰山喬嶽」の四字で、高くそびえる山のことと見られ、ここでは一字落ちているようです。霽月光風は北宋の周敦頤の人柄を評した言葉として知られます。二行目は「醫」を五度重ね、貧・躁・淫・愁・俗の五つの病に、それぞれ身近な処方を出しています。三行目は次の単位の「以流水聽弦歌」と対になり、美しいものを花として眺めれば執着は起こらないと言います。気分の乱れに合った小さな処方を持っておくことは、今の暮らしでも心の健康を守る知恵になります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
修身読書清心節制風雅
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