格言聯璧 / 惠吉類・網羅の中の安樂窩
世網那能跳出,但當忍性耐心,自安義命,即網羅中之安樂窩。 塵務豈能盡捐,惟不起爐作竈,自取糾纏,即火坑中之清涼散也。 熱不可除,而熱惱可除,秋在清涼臺上。
新字:世網那能跳出,但当忍性耐心,自安義命,即網羅中之安楽窩。 塵務豈能尽捐,惟不起炉作竈,自取糾纏,即火坑中之清涼散也。 熱不可除,而熱悩可除,秋在清涼台上。
書き下し
世網は那ぞ能く跳び出でん、但だ當に性を忍び心を耐へ、自ら義命に安んずべし、即ち網羅の中の安樂窩なり。 塵務は豈に能く盡く捐てんや、惟だ爐を起し竈を作して、自ら糾纏を取らざれば、即ち火坑の中の清涼散なり。 熱は除くべからず、而れども熱惱は除くべし、秋は清涼臺上に在り。
現代語訳
世のしがらみの網からどうして跳び出せるでしょうか。ただ本性を耐え心を忍んで、自分から義と天命に安んじれば、それが網の中の安楽な住まいです。 世俗の務めをどうしてすべて捨てられるでしょうか。ただ新たにかまどを起こすように自分から事を増やしてもつれを招かなければ、それが火の穴の中の清涼剤です。 暑さは除くことができませんが、暑さによる悩みは除くことができます。秋は清涼の台の上にあるのです。
解説
世の中から逃げられないなら、その中で安らぎを得よという一則です。一行目は、しがらみの網の中でも、義と命に安んじれば安楽窩、つまり安らかな住まいになると説きます。安楽窩は北宋の邵雍が自分の住まいに付けた名として知られます。二行目は、俗務を捨てられないなら、せめて自分から新しい面倒を起こすなと言います。起爐作竈は、新しくかまどを築く、つまり別に事を構えることです。三行目は次の単位の「窮不可遣」と対になり、暑さそのものは消せなくても、暑さを苦にする心は消せると述べます。状況を変えられないときも、それを受け止める心と、余計な仕事を増やさない工夫で、ずいぶん楽になるものです。
この章句が説くこと
安命忍閑適処世清涼
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