格言聯璧 / 惠吉類・好事を幹さば旁人の笑ふを怕るる莫かれ
身後的惠澤要流得遠,令人有不匱之思。 不可不存時時可死之心,不可不行步步求生之事。 作惡事,須防鬼神知。幹好事,莫怕旁人笑。
新字:身後的恵沢要流得遠,令人有不匱之思。 不可不存時時可死之心,不可不行歩歩求生之事。 作悪事,須防鬼神知。幹好事,莫怕旁人笑。
書き下し
身後の惠澤は流し得て遠きを要す、人をして不匱の思ひ有らしむ。 時時死すべきの心を存せざるべからず、步步生を求むるの事を行はざるべからず。 惡事を作さば、須らく鬼神の知るを防ぐべし。好事を幹さば、旁人の笑ふを怕るること莫かれ。
現代語訳
死んだ後の恵みは遠くまで流れるようにしなければなりません。人々にいつまでも尽きない思いを抱かせるためです。 いつ死んでもよいという心を常に持っていなければならず、一歩一歩生を求める行いをしなければなりません。 悪事をなすなら、鬼神に知られることを恐れなさい。良いことをするなら、周りの人に笑われることを恐れてはいけません。
解説
一行目は前の単位の「面前的理路」と対になり、生前は道を広く、死後は恵みを遠くと、時間の前後で心がけを分けています。不匱は尽きないことです。二行目は、死を覚悟する心と、生を大切にする行いを同時に持てという、一見矛盾した対句です。いつ死んでもよい覚悟があるからこそ、一日一日を無駄にせず生きられるということでしょう。三行目は、悪事は人目がなくても鬼神が見ている、善事は人に笑われても気にするな、と正反対の忠告を並べます。善いことをしようとすると冷やかされることは今もあります。そんなとき、笑われることより恥ずべきことは別にあると思い出させてくれます。
この章句が説くこと
積善覚悟慎独鬼神報い
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