格言聯璧 / 惠吉類・施して報を望まず
有隱行者,必有昭名。 施必有報者,天地之定理,仁人述之以勸人。 施不望報者,聖賢之盛心,君子存之以濟世。 面前的理路要放得寬,使人無不平之嘆。
新字:有隠行者,必有昭名。 施必有報者,天地之定理,仁人述之以勧人。 施不望報者,聖賢之盛心,君子存之以済世。 面前的理路要放得寛,使人無不平之嘆。
書き下し
隱行有る者は、必ず昭名有り。 施して必ず報有るは、天地の定理なり、仁人之を述べて以て人に勸む。 施して報を望まざるは、聖賢の盛心なり、君子之を存して以て世を濟ふ。 面前の理路は放ち得て寬きを要す、人をして不平の嘆無からしむ。
現代語訳
人知れぬ善行をする者には、必ず輝かしい名声があります。 施せば必ず報いがあるというのは、天地の定まった道理です。仁者はこれを語って人に善を勧めます。 施して報いを望まないのは、聖賢の立派な心です。君子はこれを胸に抱いて世を救います。 目の前の道筋は広く開けておかなければなりません。人に不平の嘆きを抱かせないためです。
解説
一行目は前の単位の「有陰德者、必有陽報」の後半で、隠れた行いは必ず明らかな名になると結びます。続く対句は、報いの有無をめぐる二つの立場を見事に両立させています。施せば報いがあるというのは人を善に誘うための道理であり、報いを望まないのは自分の心の持ち方だ、というのです。勧める側の言葉と、行う側の心を分けているのが要です。最後の行は次の単位の「身後的惠澤」と対になり、生きているうちは道を広く開けて人に不平を抱かせるなと説きます。人には善は報われると励ましながら、自分は見返りを求めない。そう使い分けると、心が軽くなります。
この章句が説くこと
陰徳報い無私寛容積善
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