格言聯璧 / 從政類・公法を假りて私德に報いず
察吏者何?無求於吏,則吏察矣。 不可假公法以報私仇,不可假公法以報私德。 天德只是個無我,王道只是個愛人。 惟有主,則天地萬物自我而立。
新字:察吏者何?無求於吏,則吏察矣。 不可仮公法以報私仇,不可仮公法以報私徳。 天徳只是個無我,王道只是個愛人。 惟有主,則天地万物自我而立。
書き下し
吏を察する者は何ぞ。吏に求むる無ければ、則ち吏察かなり。 公法を假りて以て私仇に報ゆべからず、公法を假りて以て私德に報ゆべからず。 天德は只だ是れ個の無我、王道は只だ是れ個の愛人なり。 惟だ主有れば、則ち天地萬物我自りして立つ。
現代語訳
役人を見張るとはどういうことでしょうか。役人に何も求めなければ、役人を厳しく見ることができます。 公の法を借りて個人の恨みに報いてはいけません。公の法を借りて個人の恩に報いてもいけません。 天の徳とは、ただ私心をなくすことです。王道とは、ただ人を愛することです。 ただ心に主があれば、天地万物は自分を中心にして成り立ちます。
解説
一行目は前の単位の「安民者何」と対になり、自分が役人に何も求めなければ、弱みを握られず、役人を厳しく見ることができると説きます。二行目は、公法を私情のために使うことを、恨みの側と恩の側の両方から禁じています。恨みを晴らすのは悪いと誰でも分かりますが、恩返しに法を曲げることも同じく公私の混同だというのが鋭いところです。三行目は天徳と王道を、無我と愛人の二語に絞ります。四行目は次の単位の「必無私」と組になり、心に主体が立てば万物が自分から秩序づけられると言います。身内びいきもまた公私混同だと気づかせてくれる一則です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
公私無我治政愛人公正
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