格言聯璧 / 從政類・一身の謀を為さず天下の志有り
莫為嬰兒之態,而有大人之器。 莫為一身之謀,而有天下之志。 莫為終身之計,而有後世之慮。 用三代以前見識,而不失之迂。 就三代以後家數,而不鄰於俗。
新字:莫為嬰児之態,而有大人之器。 莫為一身之謀,而有天下之志。 莫為終身之計,而有後世之慮。 用三代以前見識,而不失之迂。 就三代以後家数,而不鄰於俗。
書き下し
嬰兒の態を為すこと莫くして、大人の器有れ。 一身の謀を為すこと莫くして、天下の志有れ。 終身の計を為すこと莫くして、後世の慮有れ。 三代以前の見識を用ひて、之を迂に失はず。 三代以後の家數に就きて、俗に鄰らず。
現代語訳
幼子のような振る舞いをせず、大人の器量を持ちなさい。 自分一人のための計略をめぐらさず、天下を思う志を持ちなさい。 自分一代のための計画を立てず、後の世への配慮を持ちなさい。 夏・殷・周の三代より前の見識を用いながら、世事にうとくなることはなく、 三代より後のやり方に従いながら、俗っぽくはならない、そうありたいものです。
解説
前の三行は「莫為〜而有〜」を三度重ねた句で、器・志・慮の三つを、それぞれ小さいものと大きいものの対比で求めています。一身より天下、終身より後世という広がりは、前の単位の「利在萬世」の考えを引き継ぐものです。後の二行は、古代の理想と後世の実務をどう兼ねるかを述べた対句です。三代は夏・殷・周の理想の時代で、その見識を持ちながら現実離れせず、後世の実際的なやり方に就きながら俗に流れない、というのです。家數は流儀ややり方のことです。理想と現実のどちらかに偏りがちな私たちに、両方を手放さない姿勢を示してくれます。
この章句が説くこと
立志器量治政理想後世
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