格言聯璧 / 齊家類・地眠りて人眠らず
如君上臨朝,臣下高臥失誤,不免罰責。 夜漏三更,群物皆息,人靈於物,煙酒沈溺,是謂地眠人不眠,必為地祈所訶。 如家主欲睡,仆婢喧鬧不休,定遭鞭笞。 樓下不宜供神,慮樓上之穢褻。 屋後必須開戶,防屋前之火災。
新字:如君上臨朝,臣下高臥失誤,不免罰責。 夜漏三更,群物皆息,人霊於物,煙酒沈溺,是謂地眠人不眠,必為地祈所訶。 如家主欲睡,仆婢喧鬧不休,定遭鞭笞。 楼下不宜供神,慮楼上之穢褻。 屋後必須開戸,防屋前之火災。
書き下し
君上の朝に臨むに、臣下高臥して失誤すれば、罰責を免れざるが如し。 夜漏三更、群物皆息む、人は物より靈なるに、煙酒に沈溺す、是れを地眠りて人眠らずと謂ふ、必ず地祈の訶る所と為る。 家主の睡らんと欲するに、仆婢喧鬧して休まざれば、定めて鞭笞に遭ふが如し。 樓下は宜しく神を供すべからず、樓上の穢褻を慮る。 屋後は必ず須らく戶を開くべし、屋前の火災を防ぐ。
現代語訳
それは、主君が朝廷に出ているのに、臣下が高いびきで寝ていて務めをしくじれば、罰せられるのを免れないのと同じです。 夜の水時計が三更(真夜中)を告げ、あらゆるものが休んでいるのに、万物の霊長である人がたばこや酒におぼれている。これを地は眠っているのに人は眠らないといい、必ず地の神のとがめを受けます。 それは、家の主人が眠ろうとしているのに、召使いがいつまでも騒いでいれば、きっと鞭で打たれるのと同じです。 階下には神を祀るべきではありません。階上の汚れや不作法が神に及ぶのを気づかうからです。 家の裏には必ず戸口を開けておかなければなりません。家の前で火事が起きたときに備えるためです。
解説

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