格言聯璧 / 接物類・新怨を以て舊恩を忘るる毋かれ
毋以小嫌疏至戚,毋以新怨忘舊恩。 兩惠無不釋之怨,兩求無不合之交,兩怒無不成之禍。 古之名望相近,則相得。 今之名望相近,則相妒。
新字:毋以小嫌疏至戚,毋以新怨忘旧恩。 両恵無不釈之怨,両求無不合之交,両怒無不成之禍。 古之名望相近,則相得。 今之名望相近,則相妬。
書き下し
小嫌を以て至戚を疏んずる毋かれ、新怨を以て舊恩を忘るる毋かれ。 兩つながら惠めば釋けざるの怨み無く、兩つながら求むれば合はざるの交はり無く、兩つながら怒れば成らざるの禍無し。 古の名望相近ければ、則ち相得たり。 今の名望相近ければ、則ち相妒む。
現代語訳
小さな不満のために、ごく近しい親族を遠ざけてはいけません。新しい恨みのために、昔の恩を忘れてはいけません。 互いに恵み合えば解けない恨みはなく、互いに求め合えば合わない交わりはなく、互いに怒り合えば起こらない災いはありません。 昔は名声の近い者どうしが、互いに気が合いました。 今は名声の近い者どうしが、互いに妬み合います。
解説
接物類の結びの則です。一句目は菜根譚にもほぼ同じ句があり、小さな嫌気で身内を遠ざけ、新しい恨みで古い恩を忘れることを戒めます。人は目の前の小さな不快に心を奪われて、長く積み重ねた関係を壊しがちです。二句目は、「両つながら」を三つ重ねた句で、関係は双方の態度で決まることを示します。互いに恵めば恨みは解け、互いに求めれば交わりは結ばれ、互いに怒れば必ず禍が起こる。一方だけでなく、双方がどう向き合うかが鍵だというのです。最後の対句は、古人は名声の近い者どうしが認め合い、今人は妬み合うと、世の風潮を嘆きます。同業者や同期と張り合う気持ちが湧いたとき、認め合う古人の姿を思い出したいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
恩義交友接物寛容嫉妬
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