格言聯璧 / 接物類・徑路の窄き處は一步を留む
徑路窄處,留一步與人行。 滋味濃底,減三分讓人嘗。 任難任之事,要有力而無氣。 處難處之人,要有知而無言。 窮寇不可追也,遁辭不可攻也,貧民不可威也。
新字:径路窄処,留一歩与人行。 滋味濃底,減三分譲人嘗。 任難任之事,要有力而無気。 処難処之人,要有知而無言。 窮寇不可追也,遁辞不可攻也,貧民不可威也。
書き下し
徑路の窄き處は、一步を留めて人の與に行かしむ。 滋味の濃き底は、三分を減じて人に讓りて嘗めしむ。 任じ難きの事に任ずるには、力有りて氣無きを要す。 處し難きの人に處するには、知有りて言無きを要す。 窮寇は追ふべからず、遁辭は攻むべからず、貧民は威すべからず。
現代語訳
小道の狭い所では、一歩よけて人を通してあげます。 味の濃いおいしいものは、三分を減らして人に譲って味わわせます。 引き受けにくい仕事を引き受けるときは、力はあっても意気込みを表に出さないことが大切です。 扱いにくい人と付き合うときは、分かっていても口に出さないことが大切です。 追い詰められた敵は追ってはいけません。言い逃れの言葉は攻め立ててはいけません。貧しい民は脅してはいけません。
解説
初めの対句は、菜根譚にもほぼ同じ句がある有名な言葉で、狭い道では一歩譲り、おいしいものは三分を人に分けよと説きます。譲ることを日常の小さな場面で身につけるのが、処世の要だというのです。続く対句は、難しい仕事には力があっても気負いを見せず、難しい人には分かっていても言わないことを求めます。最後の句は、追い詰められた敵、言い逃れる人、貧しい民の三者を、これ以上追い込むなと戒めます。窮寇は追うなは孫子の軍争篇にも見える教えです。逃げ場を失った相手は必死に抵抗し、かえって大きな災いを招きます。議論で相手を論破しそうなときも、一歩の逃げ道を残しておく配慮が、人間関係を長持ちさせます。
この章句が説くこと
謙譲接物処世寛容思いやり
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